ITmedia NEWS >

アフリカゾウに迫る危機山形豪・自然写真撮影紀

» 2016年05月02日 09時00分 公開
[山形豪ITmedia]

 アフリカで野生動物を撮ると聞いた時、恐らく大半の人はライオンとゾウを思い浮かべるのではなかろうか。それほどまでにアフリカゾウという動物はあの大陸を象徴している。日本からのサファリツアーでアフリカを訪れる人で、野生のゾウを見たくない人などいまい。広大なサバンナを悠々と進むアフリカゾウの群れは、正に大自然の美しさそのものだ。

自然写真撮影紀行 川に集まった群れ。南アフリカ、クルーガー国立公園。F8、1/1600秒、ISO1000、カメラ:D4、レンズ:AF-S NIKKOR 500mm f/4D II ED

 被写体としてもアフリカゾウは非常に魅力的だ。まず何と言ってもあの大きさ。成獣のオスともなれば、体重5トン、肩までの高さが3.5メートルにもなる。当然凄まじいパワーの持ち主で、木の実を食べるために大木を揺らしたり、時になぎ倒したりする姿は迫力満点だ。そうかと思えば、長い鼻を信じられないほど器用に使って、食べたいものとそうでないものをより分けるといった、細かく繊細な動作もできる。知能レベルが極めて高く、社会性の強い動物でもあるので、群れのメンバー同士のコミュニケーションが盛んで、感情表現も豊かだ。

自然写真撮影紀行 大きな成獣のオス。ボツワナ、マシャトゥ動物保護区。F11、1/1250秒、ISO1600、カメラ:D4、レンズ:AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR、焦点距離:80mm

 ここ数年、私が頻繁に訪れているボツワナのマシャトゥ動物保護区は、そんなアフリカゾウの個体数が多いことで知られた場所だ。今年も9月に現地への撮影ツアーを企画しているのだが、長年に渡り人との良好な関係が維持されてきたため、屋根のないオープンカーで近づいてもゾウたちに攻撃されたりせず、安心して間近から撮影できる。好奇心の強い子供のゾウが、鼻を伸ばしてこちらを探る姿はなんとも微笑ましい。

自然写真撮影紀行 ゾウの鼻と象牙。ボツワナ、マシャトゥ動物保護区。F7.1、1/250秒、ISO800、カメラ:D300、レンズ:AF-S NIKKOR 500mm f/4D II ED
自然写真撮影紀行 ゾウの群れは年長のメスに率いられ、複雑な社会構造を持つ。ボツワナ、マシャトゥ動物保護区。F8、1/200秒、ISO500、カメラ:D810、レンズ:AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G

 しかし、今日アフリカゾウが置かれている状況は、全体で見ると決してバラ色ではない。IUCN(国際自然保護連合)の報告によれば、2006年から2013年の間に、密猟によりアフリカゾウの総個体数は推定55万頭から47万頭まで急激に減少した。2015年の1年間だけでも、約3万頭が密猟者の手にかかり命を落としたとされており、現在の傾向が続けば、2020年代の終わりまでにアフリカゾウは絶滅するとさえ言われているのだ。マシャトゥを含め、南部アフリカの管理の行き届いた一部の国立公園や動物保護区では増加傾向も見られるが、大勢においては危機的な状況と言わざるを得ない。

 では、何がこの殺戮を引き起こしているのか? それは象牙だ。昔から中国では象牙で作った彫刻が富の象徴としてもてはやされてきたが、近年の中国経済の急成長により生まれた新興富裕層が、ステータスシンボルとして猛烈な勢いで象牙製品を買い漁るようになったことで、象牙の需要が急拡大してしまったのだ。そして、実は我々日本人もこの問題に関しては無罪ではない。我が国では昔から印鑑や三味線のバチ、琴の琴柱(ことじ:琴の弦を支え、調律するための具)などの材料として象牙を珍重してきた経緯があるからだ。

 象牙の国際取引はワシントン条約で原則禁止されているが、中国や日本国内では合法的に象牙製品の販売、購入が可能なため、問題は複雑だ。また、2007年に日本、2008年に中国に、南部アフリカの一部の国々との間で、一回限りの取引が認可された経緯もある。ところが、象牙は一度市場に流通してしまうと、それが合法取引で入ってきたものなのか、はたまた密猟と密輸によるものなのかを区別、証明する手段が存在しない。そのため、結局密猟に歯止めがかからず現在に至っている。

 この件に関して、中国や日本に対する国際的な圧力は高まってきているが、日本国内でのゾウと象牙の問題に対する意識は希薄と言わざるを得ず、海外との温度差は非常に顕著だ。そのことはネットからも見て取れる。英語で象牙を意味する“ivory”で画像検索をかけると、出てくる結果のほとんどは密猟象牙や象牙のために殺されたアフリカゾウにまつわるものだ。ところが、日本語で“象牙”と打ち込むと、装飾品の商品画像や象牙のどの部分が印鑑作りにもっとも適していて高級であるかとった類のものが出てきてしまう。

 アフリカゾウの絶滅は、一種類の動物が地上から姿を消すというだけの単純な話ではない。もしゾウが姿を消してしまうと、アフリカの生態系には甚大な影響が出るからだ。例えば、ゾウが実を食べ、その腸を通り排泄された後にのみ種が発芽する木が存在する。またゾウは1カ所で果実や草を食べた後、長距離を移動するため、植物の種子の拡散を助けている。

 時としてゾウは木の葉を食べるために、樹木そのものを押し倒すことがある。これは一見ただの破壊行為に見えるが、それまで陰だった場所に陽があたり、新たな植物の発芽や成長を促したり、倒木が昆虫や小動物の住処になるなど、さまざまな波及効果を生む。気の遠くなるような年月をかけて進化し、保たれてきた絶妙な生態系のバランスが、それを構成する要素を1つ取り除いてしまうだけで、連鎖的に崩れてしまう。ましてアフリカゾウの存在は、その影響力が極めて大きい。

 事は単純に個体数を維持すればよいというものでもない。アフリカゾウは記憶力に優れ、60年という長い寿命を持つ生き物だ。複雑な社会構造を持ち、群れのリーダーである最年長のメスから、水場の在処や美味しい実をつける木の場所とそのシーズン、子育ての方法、危険な人間が住んでいるエリアを避ける術など、様々な知恵が継承されてゆく。ところが、年長のゾウほど大きな牙を持つため、真っ先に密猟者に狙われてしまう。知恵の源たる個体を殺してしまうことで、経験の浅い個体が仮に生き残ったとしても、群れの生存率はどんどん低くなり、耕作地に入り込んで作物を荒らすなどして、農民との軋轢も深まってしまう。

 象徴的な動物の消滅は、国家経済にも悪影響を及ぼす可能性がある。サファリは今や巨大産業であり、多くの国で貴重な外貨収入源となっている。ライオンと共にアフリカの自然を代表するゾウがいなくなれば、観光客はよそへ行ってしまうかもしれず、その経済的打撃は大きい。そして近年、大きな象牙を持つ個体がいなくなってしまった状況で、密猟者たちは、ほんの小さな象牙を持つ若い個体すらも狙うようになった。象牙取引がサイズに関係なく重量ベースで行われるようになったためだ。国際的な政治圧力や、中国経済の景気減速も手伝って、象牙の末端価格は2014年の1kgあたり2100米ドルから、2015年11月には1kgあたり1100米ドルまで下落した。しかし、それでも密猟者や犯罪組織が利益を得るには十分過ぎる金額だ。

 東アジアにおける象牙の需要が、アフリカ各地の、ひいては世界の安全保障にも悪影響を及ぼしている側面もある。テロ組織が象牙から得られる利益を破壊活動の資金源にしているのだ。近年ケニヤで爆弾テロを活発化させているアル・シャバーブやウガンダのロード・レジスタンス・アーミー(LRA)、ナイジェリアのボコ・ハラムなどがそれだ。各地で動物保護活動に従事するレンジャーたちの人的被害も甚大だ。自動小銃で武装した密猟者たちとの銃撃戦は各地で頻発しており、犠牲者も増え続けている。海外では紛争地帯から違法に産出/密輸されたダイヤモンドをブラッド・ダイヤモンド(血塗られたダイヤ)と呼んでいるが、最近ではブラッド・アイボリーという言葉が用いられるようになっている。正に血塗られた象牙である。

 密猟に手を染める人々の多くは、極度の貧困に苦しむ現地住民である。犯罪組織の人間に銃を渡され、わずかな金のために命の危険を犯してでもゾウを殺す。そして密猟対策には莫大な資金が必要だ。ところがアフリカゾウの生息域は、そのほとんどが極貧の国々だ。国民の多くが食うや食わざるやの生活を強いられている場所では、野生動物の密猟対策など二の次三の次なのだ。従って、問題の根本的解決をみるにはアジアでの需要自体をなくすしかない。

 私はあくまで写真家であり、環境保護活動家ではない。しかし、野生動物や自然を愛し、それらの写真を撮ることを生業としている身で、密猟や象牙の違法取引の問題に目をつむるわけにはいかない。人の欲望のために引き起こされる種の絶滅は、悲劇以外のなにものでもないし、取り返しのつかないものだ。近い将来、我々日本人がアフリカゾウを絶滅に追いやったとのそしりを受けぬためにも、象牙の消費は今すぐやめるべきたと考える。

自然写真撮影紀行 ゾウの挨拶。ボツワナ、マシャトゥ動物保護区。F7.1、1/640秒、ISO800、カメラ:D810、レンズ:AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR、焦点距離:400mm

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.