アフリカの野生動物の中で知名度が一向に上がらない絶滅危惧種リカオン。だが、実は非常に優秀なハンターであり、魅力的な被写体だ。
ライオンやゾウ、キリン、サイなどがアフリカに生息していることは誰でも知っている。その一方で、アフリカを代表する動物であるにもかかわらず、一向に知名度の上がらない種も存在する。いまいち派手さがなかったり、個体数が少なすぎてサファリに行っても滅多に出会えないというのがその主な理由のようだ。中でも個人的にもっと人気が出てほしいといつも思うのがリカオンだ、
リカオンはイヌ科の肉食獣で、オオカミ同様群れを形成して暮らす。長い四肢と大きな丸い耳を持ち、黒、茶、白の入り混じった毛色が特徴だ。高度な社会性と発達したコミュニケーション能力、そして卓越したスタミナを持ち、アフリカの肉食獣の中では狩りの成功率がもっとも高い。
ところが、そんな優秀なハンターでありながら、リカオンはアフリカに生息する大型肉食獣のうちで最も絶滅の可能性が心配されている。
原因はいくつかある。まずリカオンは、ネコ科動物と違い特定の縄張りを持たない。常に移動しながら獲物を求めて暮らすため、広大な生息環境を必要とする。人口圧力によって自然が破壊され、狭い保護区内に野生動物が閉じ込められてしまう状況では生存が難しい。また、牧畜に携わる人々からは、家畜を襲うという理由で迫害され続けてきた。狂犬病や犬ジステンパーといった伝染病を、人が飼っている犬からもらってしまい、群れが壊滅するというケースも多い。
以上のような理由から個体数の減少に歯止めがかからない状態が続いており、近年の推定では、リカオンの総個体数は7000頭に満たない。日本の80倍もの面積がある広大な大陸において、この数はあまりにも少ない。そのため現在IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストには絶滅危惧種として登録されている。
個体数が少なく、常に移動しながら暮らすということは、リカオンの生息域とされる場所に行ったとしても、出会える確率が決して高くないことを意味している。しかも尋常ではないスタミナの持ち主であるため、1日で数十キロメートルの距離を楽々と移動してしまう。ライオンのように、縄張りになっているエリアをくまなく探せば、かなりの確率で撮影できる被写体とは事情が違うのだ。
私がアフリカで野生動物を撮り始めた二十数年前、当時住んでいたタンザニアでリカオンを見たい、撮りたいとずっと願っていた。タンザニア南部にはセルー動物保護区とルアハ国立公園という2つの保護区があり、いずれも東アフリカでリカオンを見るのに適した場所とされていた。しかし、2年半のタンザニア在住期間中、幾度もそれらの場所に足を運んだにもかかわらず、結局一頭のリカオンも見ることができなかった。
ようやく最初のリカオンに出会えたのはタンザニアを離れて2年後、南部アフリカのジンバブエにあるフワンゲ国立公園で撮影をしている時だった。それは南半球の真冬にあたる8月の朝で、気温は氷点下に達しようかという状況だった。ゲームドライブの最中、私は屋根のついていない吹きさらしのサファリカーの上で寒さに震えていた。日が昇っても気温が一向に上がらず、動物の活性も低かったので、撮影を切り上げてキャンプに戻ろうかなどと考えていた。
すると突然、右手の藪の中から黒い塊が1つ、音もなく飛ぶように現れ、車の正面で立ち止まったかと思うと、また飛ぶように左手の藪の中へと消えていった。あまりに唐突な出来事で、一瞬何が起きたのか、目の前に現れたそれが何なのか飲み込めなかった。目から入った情報を脳がリカオンだと認識し、かじかんだ手でカメラを持ち上げたころには、相手はとうの昔に姿を消していた。
当然写真は撮れなかったのだが、その悔しさよりも、ようやくリカオンに出会えた喜びのほうが大きく、小躍りしたい気持ちだったのを今でも鮮明に覚えている。アフリカで野生動物を撮り始めて4年目の出来事だった。
あれから随分年数が経ち、南アフリカのクルーガー国立公園やボツワナのマシャトゥ動物保護区など、いくつかの場所で何度かリカオンたちを撮ってきたが、撮影の観点から見てもリカオンは難易度が高い。運良く群れに遭遇したとしても、なかなかじっとしてくれないため、綺麗な光の中でうまく相手をフレーミングするのにも苦労する。それだけに、単なるポートレートでもうまく撮れたときは嬉しいし、一度でいいから獲物を追ってサバンナを疾走するリカオンの群れを写真に収めたいと思うのだ。
私に限らず、アフリカで野生動物を撮り続けている人間に、ヒョウとライオンとリカオンの3種が同時に出没したとしてどれを選ぶかと問えば、答えは自ずと決まっている。ところが、サファリ初心者のお客さんに同じ質問をすると、ほとんどの人がライオンかヒョウと答える。それほど認知度の差があるのだ。これが残念でたまらない。
人気の低さの一端は、ブチハイエナとよく混同される点にもあるだろう。確かに大きくて丸い耳がハイエナに似ていると言えば似ている。だがよく見ると体型のスマートさや姿勢、顔立ちの凛々しさなどが全然違う(ハイエナはハイエナで魅力的な被写体であるということは付け加えておきたい)。メディアに登場する頻度が他の肉食獣たちに比べて圧倒的に低い点も、知名度がなかなか上がらない原因の1つだ。
以前サファリで米国人の一行に出会った際、その日の成果はどうだったと尋ねたことがある。すると残念そうな顔で、ライオンは見られず汚い犬しかいなかった、というとんでもない答えが返ってきた。リカオンは断じて汚い犬などではないと、怒り交じりに叫びそうになった。
今では笑い話だが、種の絶滅という極めて重大な危機がそこにあるとき、そうそう笑ってばかりもいられない。写真や映像を通しての啓蒙活動がまだまだ足りていないことを痛感する今日この頃だ。
先日アストロアーツから「デジタルカメラ 超・動物撮影術」というムック本が発売となった。ペットから野生動物まで、さまざまな動物の撮り方を解説した本となっており、私もアフリカでの作例を用いて、いろいろなシチュエーションでの撮影方法や、機材に関するページを担当している。動物写真に興味をお持ちの方に是非ご覧いただきたい。
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