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サバンナの最恐動物、ラーテル山形豪・自然写真撮影紀

» 2016年06月24日 18時20分 公開
[山形豪ITmedia]

 突然だが、この春までNHK教育テレビの「おかあさんといっしょ」という番組内に、「ポコポッテイト」という人形劇のコーナーがあったらしい。私は子供とは縁がないのでまったく知らなかったのだが、この劇に自分を無敵だと思っているという「ムテ吉」なるキャラクターが登場する。なぜこんな話をするかというと、このキャラクターのモチーフになっているのが、アフリカに生息するラーテルという動物だからだ。

 ラーテルは別名ミツアナグマ。英語ではハニー・バジャー(Honey Badger)という。イタチ科の体長80cm程度の動物で、白と黒のツートンの体色を持つ。実はこのラーテルは、サバンナでもっとも恐れられる動物だ。どのくらい恐れられているかというと、百獣の王と呼ばれるライオンや、地上最大の動物であるアフリカゾウすら避けて通るほどなのだ。実際、世界でもっとも恐れ知らずの動物として、ラーテルはギネスブックにも載っている。ムテ吉はおそらくここからアイデアを持ってきたのだろう。

自然写真撮影紀 ライオンやゾウなどの猛獣も恐れをなすラーテル。南アフリカ、カラハリ・トランスフロンティアパークにて。F16、1/800秒、ISO800、ボディー:D700、レンズ:AI AF-S Nikkor ED 500mm F4D(IF)

 では、サバンナの猛獣たちをして何がこのウェルシュ・コーギー程度の大きさしかない動物を恐れさせるかというと、それはラーテルの攻撃的でしつこい性格だ。彼らはとにかく誰にでも牙をむいてケンカを売る。前足に長く尖った爪を持ち、顎の力も非常に強い上、一度かみついたらスッポンのように離さない。さらに、非常に分厚く、たるんだ毛皮をしている。これがラーテルの強さの1つの鍵だとも言われている。

 ネコやウサギを想像してみてほしい。彼らの首根っこを背中側からつまめば、かみつかれることなく持ち上げることができる(嫌がられはするが)。ところが、ラーテルでこれをやろうとすると、つまんだところが予想以上にたるみ、相手がこちら側に顔を向けることができてしまい、かみつかれてしまうというのだ。

 残念ながら、実際にフィールドでそのような場面に出くわしたことはまだないのだが、この説明にはある程度合点がゆく。なぜならば、ライオンがその気になればラーテルを殺すことは可能だが、毛皮のたるみのせいで、かみついてもうまく相手を無抵抗にできないとなれば、手痛い反撃にあう可能性がある。そして、仮に1匹のラーテルを殺すことができたとしても、攻撃側も無傷では済まないし、スカンク同様、猛烈な悪臭を放つので、餌にすらなり得ない。ライオンは決してバカではないので、ちょっかいを出すだけ損ということを学習し、次からは避けて通るようになるというわけだ。ゾウも同様だ。あの長い強力な鼻で一撃をくらわせれば、ラーテルは吹っ飛んでいくだろうが、1つ間違えるとかみつかれて痛い目に遭わされる。触らぬ神に祟りなしというわけだ。

自然写真撮影紀 ナミビア、エトシャ国立公園のキャンプでゴミ箱を漁るラーテル。ボディ:F90X

 ラーテルは自分たちが恐れられていることをよく理解している。そのため、自分の存在を隠そうともしない。一般に野生動物は、極力音を立てずに移動する。それは、肉食獣であれば、獲物に自らの存在を気取られるのは不都合だからだし、草食獣であれば、捕食者には見つかりたくないからだ。アフリカゾウやキリンのような巨大なものでも、藪の中を実に静かに歩く。ところがラーテルだけはそうではない。どこにいても自信満々に肩を揺らしながら、ザッ、ザッ、ザッと大きな音を立てて歩く。その態度は実にふてぶてしい。高い知能レベルと器用さも持ち合わせており、YouTubeでラーテルの動画を検索すると、飼育下にある個体が檻のドアを易々と開けて逃げ出す映像などが公開されている。

 彼らは雑食性なので、季節に応じて柔軟に餌を調達できる。ミツアナグマの名前の通り、蜂蜜が大好物で、気の荒いアフリカミツバチの巣を破壊し、ハチに刺されながらも平気で蜜やさなぎを漁る。ヘビも好んで捕食し、特に猛毒のコブラやパフアダーというマムシをよく殺す。一説によると、ハチやヘビの毒に対する耐性があるらしい。

 ラーテルについて、南部アフリカには数々の逸話(というか都市伝説?)がある。例えば、あるとき牧場を営む農夫が、台所を荒らすラーテルに困って散弾銃で撃ったところ、何発かの弾が当たった衝撃で相手は倒れたが、弾は硬い皮膚を貫通しなかったため、しばらくするとむくりと起き上がってそのまま藪の中に消えていった、という具合だ。

 水のない場所/季節でも、餌のみから必要な水分のすべてを得ることができるので、砂漠地帯も含めアフリカ大陸にかなり広範囲に分布している。ただし、個体密度は決して高くないのと、背が低く、草むらの中にいるとまったく見えなくなるので、撮影に適した場所は限られる。

自然写真撮影紀 ジャッカルを威嚇するラーテル。ボツワナ、セントラル・カラハリ動物保護区。ボディー:D810、レンズ:AF-S NIKKOR 200-500mm f/5.6E ED VR

 私が初めてラーテルに出会ったのは16年前、ナミビア北部にあるエトシャ国立公園のとあるキャンプで、知人とバーベキューをしていたときだ。ビール片手に肉を焼いていると、闇の向こうから足音がして、何事かと懐中電灯を照らすと、ラーテルがこちらへ向かってまっすぐ歩いてきた。そして我々の足元へ来ると、牙を剥き、短い尻尾の毛を逆立て唸り出した。肉をよこせということだったのだろう。慌てた我々はテーブルの上に飛び乗り相手が諦めてくれるのを待つしかなかった(ラーテルは、木登りは上手いがジャンプは一切できないので、テーブルの上で襲われる心配まではなかった)。向こうはしばらくテーブルの周りをうろうろしていたが、餌が手に入らないと分かると、今度は近くにあったトタンのゴミ箱を漁り始めた。その晩、キャンプのそこかしこで、ゴミ箱の倒れるガシャン、ガシャンという音が響き渡っていた。

 間近でラーテルを見るという意味では、これ以上間近というのは足にかみつかれでもしない限りあり得ないだろうが、野生動物の写真としてはあまりにも味気ない。より自然な環境でラーテルを撮るなら、南アフリカとボツワナとに跨るカラハリ・トランスフロンティアパークがお勧めだ。あそこは砂漠なので見通しが利くのと、ラーテルを見つけるのによい手がかりが2つある。

 まず、辺りを見渡して、砂漠の地面から砂がまるで間欠泉か何かのように2〜3秒置きに吹き出していたら、それが穴を掘るラーテルだ。カラハリでは、地中に穴を掘って暮らすネズミが多く、ラーテルはそれらをよく食べるのだ。もう1つの目印が、セグロジャッカルとコシジロウタオオタカ(中型の足の長い猛禽類)だ。ジャッカルが同じ場所を周回するようにうろうろしていたり、オオタカがじっとすぐそばの地面を注視していたら、かなりの確率で彼らの目線の先にラーテルがいる。地面に穴を掘って暮らすげっ歯類は、捕食者に狙われた場合に逃げ出せるよう、巣穴にいくつもの抜け道を作る。ラーテルが1カ所を掘り始めたら、別の出口から逃げだすことが多い。ジャッカルやオオタカはいわば漁夫の利を得ようとそれを待ち構えているのだ。餌を獲るのに夢中になっているラーテルは車を気にすることもあまりないので、場合によってはかなりの至近距離から撮影が可能だ。

自然写真撮影紀 砂を巻き上げ、砂漠の地面を掘るラーテル。横にいるのはコシジロウタオオタカ。南アフリカ、カラハリ・トランスフロンティアパーク。F8、1/1250秒、ISO800、ボディー:D300、レンズ:AI AF-S Nikkor ED 500mm F4D(lF)

 ちなみに、1988年に公開され、日本でもヒットした「コイサンマン2」という映画がある。カラハリ砂漠のブッシュマン(南部アフリカの狩猟採集民)、ニカウさんが主人公のコメディなのだが、これにラーテルが登場するので、興味のある方は是非一度ご覧になってみてはいかがだろう。

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