ITmedia NEWS >

クラシックシーンをリードするベルリンフィルのメディア戦略麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(1/4 ページ)

» 2016年11月03日 06時00分 公開
[天野透ITmedia]

 今年9月の「IFA2016」で発表された目玉ニュースの1つとして、世界3大オーケストラの一角であるベルリンフィルとパナソニックの大型提携が挙げられるだろう。ベルリンフィルは、長年良好な関係を築いていたソニーではなく、なぜパナソニックを選んだのか。クラシック音楽とテクノロジーのマリアージュに両者はどのような未来を描くのか。「3度の飯よりコンサートが好き」というオーディオビジュアル評論家の麻倉怜士氏が、今回の提携劇とそれにまつわるベルリンフィルのメディア戦略を、テクノロジーとミュージックカルチャーの両面から読み解く。

パナソニックの小川理子氏とツィマーマン氏と共に麻倉氏のスリーショット。世界最高峰のホールの裏側を直に見られるとあってご満悦の様子

――IFA取材で毎年ベルリンへ行くと、同時期に「ベルリン音楽祭」がベルリンフィルの本拠地であるフィルハーモニーを中心に開催されているので、忙しい取材の合間を縫ってこちらにも必ず足を運んでいますね

黄金の五角形をイメージして造られた、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の本拠地「フィルハーモニー」。同楽団のシンボルマークにもなっている

麻倉氏:ベルリン音楽祭は現代音楽を中心とした音楽祭で、ベルリンフィルやバイエルン放送交響楽団、あるいはロイヤルコンセルトヘボウといったヨーロッパの超一流楽団などが熱演を繰り広げます。音楽ファンの私としては見逃すことのできないプログラムが目白押しなので、毎年夏の楽しみでもあります。

  今、話題に上がったベルリンフィルですが、今年のIFAにおいて、なんとパナソニックとのパートナーシップを発表しました。これは今回のIFAにおけるソニー、OLEDに並ぶ大きな柱と言って間違いないでしょう。世界の3大オーケストラに数えられるベルリンフィルですが、2008年からインターネット生中継を含む「デジタルコンサートホール」を展開しており、世界的に見ても極めて先進的なオーケストラ楽団です。そんなベルリンフィルが打ち出したのが「これからは4K HDR」という方針なのです。

――確かに、やもすれば保守的な印象を持たれるクラシック音楽界で“あの”ベルリンフィルがデジタルコンサートホールを始めたという衝撃は大きかったですね。その後も自主レーベルを立ち上げるなど、意欲的な活動を繰り広げています。

麻倉氏:これに関して、ベルリンフィル・メディアの専務理事を務めるローベルト・ツィマーマン氏が記者会見に登場したところをインタビューしました。ツィマーマン氏は、「ドイツでは4K HDRもハイレゾも全くまだまだだが、日本ではどれももう当たり前となっていてすごいと感じています。われわれは是非、日本の技術を取り入れて、全世界に最高のベルリンフィルを届けようと思います」と話していました。

 ベルリンフィルのテクニカルパートナーといえば、2011年からのソニーが思い出されます。元社長の大賀氏とカラヤンの時代から良好な関係だった両者ですが、これに関しては残念ながらから3年契約だったソニーが契約更新をせずにスポンサードを降りてしまいました。業界ではおそらく契約金が高かったのではという見方がされていますが、この結果デジタルコンサートホールは2014年、2015年とノンサポートでの運営を強いられていたのです。

 デジタルコンサートホールは発足当初はパナソニックの機材を用いたSD映像だったのですが、HD化の際にソニーの機材が入りました。そのままソニーに頼ろうと思っていたところ、頼みのソニーが逃げてしまって途方に暮れていたので、ベルリンフィルの方からパナソニック側へ接触があったとかいう話らしいですよ。なんでも昨年のIFAでパナソニックブースを見て接触したとかいう話で、オーディオ・カメラ・そして業務用と、しっかりしたラインアップがそろっていたため「この会社良さそうじゃないか」となったらしいです。

パナソニックは今回のIFAでベルリンフィルとの提携を発表し、同楽団が展開するオンラインサービス「デジタルコンサートホール」をオーディオ・ビジュアルの両面からサポートする方針を打ち出した
パナソニックのオーディオブランドであるテクニクスのブランドディレクターを務める小川理子(おがわみちこ)氏。「オーディオに特化するのではなく、映像も含めた広いパートナーシップのため、ベルリンフィルのパートナーブランドはテクニクスではなくゼネラルブランドのパナソニックになった」と話す

――パナソニックがイメージアップを狙った提携というのではなく、ベルリンフィルがパナソニックの技術力を見込んだ提携、というのが興味深いです。サービス開始当時はパナソニック機材だったということは、今回の提携で先祖返りしたことになるでしょうか

麻倉氏:契約交渉自体は今年に入ってから行ったようですが、急ピッチで事を進めたと聞いています。5月にサイモン・ラトルの記者会見があった際に出てきたオーディオ機材がテクニクスで、このあたりからも提携の流れがあったかと推測できます。

 この記者会見では、一般的には使用機材の紹介をするところを手違いでスルーしてしまったので、慌てて担当者が司会へ注意して後から「スピーカーはパナソニックです」と注釈を入れるというハプニングがありました。この辺がなかなかアヤシイところですね(苦笑)。

 さて今回の提携ですが、ベルリンフィルとしてはオーケストラのシーズンオフである来年の夏に機材更新をして4K HDR化を果たす構えで、この際にパナソニックの機材を入れるとしています。映像的なメリットとしては何といっても4K HDRのご利益でしょう。特にHDRは期待大で、クラシック音楽の映像はライトが強いと白が飛びがちですから、その改善が期待できます。

 例えば2007年にサントリーホールでヤンソンスがバイエルン放送響を振った時に、日本において放送はNHKが、BDパッケージの映像はBR(バイエルン放送協会)がそれぞれ担当をしていたのですが、NHKの放送はきちっとした画でしたが、BRがマスタリングをしたディスクでは結構白を飛ばしていました。特に楽譜は分かりやすく、NHKではちゃんと楽譜が読めたのに対して、BRのものはパート譜が飛んでいて全く読めませんでした。こういったステージにおける飛び問題は深刻で、限られたダイナミックレンジで明るく画を見せるには、ハイ寄りにして白を飛ばすしかないんです。HDRならばそこもきちっと階調が出るはずなので、4Kとの相乗効果によって現場の臨場感が伝わるでしょう。

       1|2|3|4 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.