配布を始めてみると、ダムのファン以外から思わぬ反響があった。バイクのツーリングを趣味にしている人たちだ。ツーリングの途中、ダムに立ち寄った人たちがカードを見つけ、ブログで紹介したことでコレクターが増加。ネットオークションでカードが取引されるようになったほか、12年にはファンの1人が「ダムカード大全集」を出版するなど、問い合わせがじわじわと増えていった。「サブカルの雰囲気から脱し始めたと確信した」。
国交省管轄のほか、都道府県や発電会社が管轄するダムもラインアップに加わり、16年6月時点で約500カ所のダムがカードになっている。三橋さんは「それまで関心がなかった人も、カードをきっかけにダムを訪れるようになり、ダムの仕組みや効果まで興味を持ってくれるようになった」と振り返る。
「押し付けない」「説教がましくしない」――そんなダムカードの発想は、ダムコレクションのサイト作りにも生きている。三橋さんとともにサイトを立ち上げた水管理・国土保全局の堀与志郎さんは、「いきなり『ダムの効果とは』で始めず、ファンの目線を見習った」と話す。専門用語はなるべく使わず、ゆるい言葉と迫力ある写真でダムの魅力をアピールする。
特徴的なのが、3月のサイト公開に合わせて用意した「桜の美しいダムコレクション」と題したページ。ここではあえてダムを起点にせず、花見のついでに行けるダムを紹介した。本当のマニアなら「花見がメインでダムはおまけ」とはならないが、ビギナーには「花見」をきっかけに徐々にダムにも親しんでほしいという考えからだ。
「いざダムに行こうとしても、どう行けばよいか分からない」という一般層の意見を参考に、ツアールートも作成。ダムだけでなく、近くの名所や道の駅とセットで巡れるように工夫している。ルート案内には、国土地理院が公開している地図データを採用するなど、国交省の技術者ならではのこだわりも。「国土地理院の地図だと、ダムと関わりが深い『地形』がよく分かる。Google マップだとダメ」(三橋さん)。
今後は、放流シーンなどを収めた動画の公開にも取り組む。迫力ある映像のほか、現場の職員が何気なく撮影した動画も投稿していく方針だ。「つい先日、矢木沢ダムの職員が、湖面を泳ぐ熊を紹介して話題になった。1年間、同じダムにいる職員だからこそ見れる景色や裏話を発信し、じわじわと話題になれば」(堀さん)。
「ダムは一度完成すると“当たり前の存在”に思えてしまう。ダムがどんな役に立っているのか、誰も興味を持ってくれない」――サイト公開から3カ月たった今、堀さんはこう話す。
堀さんは以前、ダムの建設予定地で、住民たちに対して用地を譲ってもらえるように交渉する部署に勤務していた。住み慣れた土地を離れたくない高齢者の方に交渉した際、「ダムができれば、下流の皆さんの生活を守れるんだな?」と念押しされた上で契約書にはんを押してもらった経験が忘れられないという。
ダムコレクションのトップページからアクセスできる「このページについて」の文章には、そんな思いが込められている。ダムが所在する水源地域の活性化が「水源地の皆様への恩返しになる」――。ダムコレクションを通じて「あの時の方々に感謝するためにも、ダムの効果を伝えたい」と堀さんは言う。
長年ダムを見つめてきた三橋さんにとって「ダムはわが子に近い」という。「同じように見えても、どのダムも違いがあって、その時代の技術が詰まっている。ダムコレクションを通じてダムの面白さを知り、まずは近くのダムから訪れてみてほしい」(三橋さん)。
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