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本物そっくり「クローン文化財」展覧会 東京芸大が挑む「失われた刻の再生」

» 2017年09月23日 10時00分 公開
[村田朱梨ITmedia]

 すでに失われたり劣化したりした壁画や仏像などを、オリジナルと同質感・同素材で再現した「クローン文化財」の企画展が9月23日、東京芸術大学大学美術館(台東区)で始まる。

 企画展のタイトルは、シルクロード特別企画展「素心伝心−−クローン文化財 失われた刻の再生」(10月26日まで)。展示物は、3Dプリンタといった最先端のデジタル技術と、人の手による複製画などの伝統的なアナログ技術を融合して作り上げられている。世界初の「クローン文化財だけの展覧会」だ。

photo 展示されている法隆寺の釈迦三尊像のクローン

 「来場者にまごころや平和になる気持ちを感じてほしい」――そう話すのは、東京芸術大学大学院の宮廻正明教授。「クローン文化財を作る意味」を聞いた。

「文化財の共有につながる」

 展示されるのは、シルクロードで文化を育んだ7つの地域のクローン文化財――法隆寺金堂の壁画と釈迦三尊像(日本)、高句麗古墳群江西大墓の壁画(北朝鮮)、敦煌莫高窟第57窟の壁画と仏像(中国)、キジル石窟航海者窟の壁画(中国・新疆ウイグル自治区)、ペンジケント遺跡発掘区6広間1の壁画(タジキスタン)、バガン遺跡の壁画(ミャンマー)、バーミヤン東大仏天井壁画(アフガニスタン)だ。

photo 宮廻教授

 これまでに東京芸術大学は、オランダの画家ブリューゲルの最高傑作とされる絵画「バベルの塔」のクローンなども制作している。今回の企画展は「これまでのクローン文化財の集大成」(宮廻教授)という。

 オリジナルが持つ雰囲気までも再現できるよう、作品ごとに香りやBGM、照明にも工夫を凝らしたという。例えば法隆寺の壁画と仏像の展示スペースでは、お香の匂いが漂い、お経を読み上げる声が流れる。バーミヤン東大仏天井壁画の照明はあえて薄暗くし、オリジナル同様、差し込む光の反射光で頭上の壁画が見られるようになっている。

photo 法隆寺の壁画と仏像の展示スペース

 どのクローンも間近でじっくりと鑑賞可能で、中には「さわれる文化財」も用意している。オリジナルの場合、破壊されるなどして元の姿が残っていなかったり、門外不出や非公開になっていたりと、気軽に鑑賞できないことも多い。このようにクローンとして復元・再現することで「これまで1つしかなく独占されていた、文化財の共有につなげられる」(宮廻教授)という。

photo さわれる文化財

制作担当者に聞く「クローン文化財を作る意味」

 クローン文化財の持つ意味は他にもある。クローンの中でも初期に作られたという江西大墓の壁画を担当する劉ヨンゴさん(ヨンは火へんに英、ゴは杲、東京芸術大学COI特任研究員)は、「あと数十年で失われてしまうようなオリジナルの作品でも、クローンにすれば後世まで残していける」と話す。

photo 江西大墓の壁画は四神が描かれており、こちらは玄武

 江西大墓の壁画は、通常の壁画のように漆喰を塗った上に絵を描くのではなく、良質な白い花崗岩の上に直接描かれている。そのため取り外して保管できず、湿気でカビてしまうなど劣化が進んでいるという。原寸大で質感も再現したクローンにすることで、「普通の印刷だと伝わらない、石の冷たい感じも再現している」(劉さん)という。

 キジル石窟航海者窟の壁画を担当した麻生弥希さん(東京芸術大学非常勤講師)は、「戦争で失われた文化財を復元できる」と説明する。ドイツの探検隊が略奪したこの壁画の一部は、第二次世界大戦中の空爆で遺失。しかし略奪した張本人であるアルベルト・グリュンベーデルが熱心な研究者で、詳細な図像を載せた研究書「Alt-Kutscha」(アルト・クチャ)を残していたため、それを元にクローンを作ることができたという。

photo キジル石窟航海者窟
photo アルト・クチャ

 「もちろん略奪されることなく資料が残っている状態が一番良いが、アルト・クチャからは、壁画に対する熱意を感じとることができる。展示をきっかけに、こういった例もあるのだと知ってもらえれば」(麻生さん)

 展示品の中にはテロによって破壊された文化財のクローンもある。バーミヤン東大仏天井壁画だ。担当の永岡郁美さん(東京芸術大学特任助手)によると「テロで仏像が破壊された際、わずかながら現存していた天井壁画もその爆風で失われてしまった」という。しかも遺跡付近の治安はいまだ安定せず、調査もままならない状態。他のクローンと違い、復元に必要な情報が圧倒的に足りないところから制作が始まったという。

photo
photo バーミヤン東大仏天井壁画

 「ドイツから過去に壁画を計測した3Dデータを、京都大学から過去に大々的な調査をした時の写真をいただいた。京大には1970年代の写真フィルムが1万5000点ほど残っていたので、その中から使えそうなものを探し当ててつなぎ合わせ、クローンを作るための高精細画像を作ることができた」(永岡さん)

 制作は困難だったが、この壁画は「現代では想像できないほど、宗教が混在していたことが分かるとても貴重な例」と永岡さん。中央に描かれた太陽神はゾロアスター教の神とされているが、頭上には風神、足下には天使がおり、ギリシャの影響と思われる馬なども描かれているという。「インドやペルシャ、ギリシャといった東と西の宗教がきれいに融合した数少ないもの。制作中ずっと、破壊されていいものではないと思い続けていた」

 完成したこのクローンは、法隆寺金堂壁画のクローンとともに、16年の伊勢志摩サミットに持ち込まれた。G7の各国首相に宮廻教授が作品を解説し、平和について語ったという。

 宮廻教授は「作品の中にはご協力いただいた皆様のまごころが詰まっている」と強調する。「展覧会を見て1つ1つのまごころや、平和になる気持ちを感じとっていただければ、この展覧会は成功だと考えている」

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