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義足で世界記録は“ずるい”のか? 「テクノロジーで身体拡張」 為末大さんらが議論de:code 2018

» 2018年05月24日 13時07分 公開
[村上万純ITmedia]

 義足の選手が世界記録を更新するのは“ずるい”のか──「技術による身体の拡張」をテーマに、元プロ陸上選手の為末大さんと東京大学の稲見昌彦教授が、開発者向けイベント「de:code 2018」で対談を行った。

為末さん 為末大さん

 五輪出場経験もあり、指導者としても活躍する為末さんは、「昔は、競う五輪・参加するパラリンピックといわれていたが、今はパラリンピックも競争が激しくなってきた」と話す。走り幅跳びの世界では、義足を着けたドイツのマルクス・レーム選手が世界選手権で8メートル40センチの記録を出したことがあるが、これはリオ五輪優勝者の記録を2センチ上回るもので、一部では「テクニカル・ドーピングではないか」と物議を醸していた。

 これに対し為末さんは、「賛否は半々くらい。例えば、走り幅跳びでは(生身の)足首がないと加速に不利だが、ジャンプの瞬間は(義足の)カーボン繊維の反発で有利に働く」とし、「器具には人間を助ける役割があるが、人間に負荷を掛ける側面もある。負荷を掛けて人体の可能性を引き出すこともあり得る」と違う見方を提示する。

 「義足選手の走り幅跳びの練習を見ると、健常者の選手と手の使い方が異なり、少し違う飛び方を体得している印象がある。今は健常者に追い付こうという考えが主流だが、将来義足を使った走り方や跳び方は今の常識と全く違うものになるかもしれない」(為末さん)


稲見さん 稲見教授の研究の一例。脚でロボットの腕を操作する

 技術(道具)によって、スポーツの世界の常識が変わる――稲見教授も「技術によってトレーニング方法も変わっていくだろう」と話す。「ブランコのこぎ方1つ取っても、機械はひとこぎの間に2回脚を曲げるなど、人類ではやらないような動きをする。われわれが気が付いていない効率的な方法をAI(人工知能)が見つける可能性もある。水泳の自由形も将来は(速く泳げるとされている)クロールでなくなるかもしれない」(稲見教授)

稲見さん 「人間の身体拡張」は稲見教授の研究テーマの1つ

 AIの活用は、脚の切断箇所によって置かれる状況が一人一人異なる障がい者アスリートの練習にとっても有効だ。稲見教授は「リアルな選手の切断部位や筋肉の付き方などの身体情報を基に、バーチャル空間上で仮想の選手を作れる。バーチャル空間でトレーニングを機械学習させれば、AIがより良いトレーニング方法を教えてくれるだろう。時短できるのがコンピュータのメリット」と説明する。

車椅子 稲見教授が開発したドリフトする車いす

 また、「体にウェアラブルセンサーを付け、日常生活のデータを計測すれば、その人に向いている競技やトレーニング方法などをレコメンドできるようになるかもしれない」という。

稲見 稲見教授

 「技術は人間の身体感を変える」と考える稲見教授は、「最近の学生はおとなしいといわれるが、それはうそ。大気中の(リアルな)コミュニケーションが減っただけで、Twitterなどを見るとたくさんつぶやいている。リアルな空間だけの“コミュ障”で、サイバー環境が整った時代になればそれも気にしなくてよくなる」と笑う。「オンラインゲームでも耳が不自由な人が活躍する例もあると聞く。環境に合わせて人間は適応するし、その環境自体を作れるのも人間ならでは。障害も、今の物理環境が作りだしたものにすぎない」(稲見教授)

 為末さんも、「障害とは、あくまで一定の条件下でのもの。一方的にサポートされないといけない人はいないし、ある条件の下で助ける人と、助けられる人がいるだけ」と賛同する。

 稲見教授は、テクノロジーの力で人間の身体能力を拡張し、新しいスポーツ競技を創造する「超人スポーツ協会」で共同代表を務める。技術を人間のハンディキャップを埋めるものとしてだけでなく、人間の身体能力自体を拡張するものとして捉えている。現実世界にAR(拡張現実)のエフェクトを重ねた迫力ある映像を見ながらスポーツアトラクション「HADO」もその一例だ。

 テクノロジーの力で、これからもスポーツ界の常識は塗り替えられていくのかもしれない。

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