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ECで流通を革命したAmazon 今なぜリアル店舗に注力するのか特集・ITで我慢をなくす「流通テック」(3/4 ページ)

» 2018年07月05日 13時00分 公開

リアル店舗をPrime会員誘導に利用する意図

 では、高級スーパーチェーンのWhole Foods Market買収は、同社にとってどういう意味を持っているのだろうか。

Amazon サンフランシスコ市内のWhole Foods Market

 買収後に顕著にみられるのが、店舗のAmazon化だ。都市部の店舗では「Instacart」などオンライン経由でのピッキングアップサービスとの連動がみられたWhole Foodsだが、買収後は「Amazon Locker」が店内に配置されたり、Kindle製品を扱うポップアップコーナーが出現したり、さらには大量のAmazon Prime割引ポップや申し込みコーナーを設けたりと、至る所でAmazon傘下に入ったことが分かるようになっている。

 特にAmazon Primeの宣伝は視界に必ず入ってくるというレベルで配置されており、Prime会員になることがWhole Foodsで賢く買い物するための最上手段といわんばかりだ。オンラインコンテンツの無制限視聴や配送面での優遇が得られるPrime会員だが、Whole Foodsの客層をPrimeへと誘導するためのフロントエンドとして店舗が活用されている。

Amazon 店舗出入り口付近にまず見えるのが「Amazon Locker」。これは買収後に設置されたものだ
Amazon 店内の至るところでPrime会員用の割引セール告知が掲示されている
Amazon 半額近い割引となる商品も
Amazon 店内で最もよく見掛けるのがこの10%割引の告知
Amazon プライムリブ……ではなくて普通のポークリブだが、ここでもPrime会員は差異化されている
Amazon 入口付近の目立つ場所にはPrime会員勧誘のための窓口も

 また、Whole Foodsは前項で説明したFulfillmentを補完する役割も担う。Prime会員は2時間以内の配送が無料なことに加えて、1時間以内での配送が7.99ドルの追加料金で可能になるPrime Nowのサービスを利用できる。

 Fulfillmentの最適化はこのPrime Nowを実現する上で必要不可欠なものだが、近年特にストアフロントの存在が重要になりつつあるようだ。Prime Nowは都市部を中心に対応エリアや品目がある程度限定されるが、Whole Foodsはこのエリアを広げるきっかけになると考えられる。現在Whole Foodsは全米に500近い店舗を展開しているが、これを倉庫として活用することで、Prime Nowのエリア拡大に寄与できるのだ。

 実際、Prime Nowで特に恩恵を受けるのは生鮮品や消費財、調理済み食品の宅配で、その多くはWhole Foodsの商品でカバーされる。Prime NowのトップページでもWhole Foodsの商品がプッシュされており、両者が補完関係にあることが分かる。近年、生鮮品販売を目的とした「Amazon Fresh」の対応エリアが縮小傾向にあるのも、こうした動きとは無縁ではない。

 Primeといえば先日、米国での会員価格が年間99ドルから119ドルに値上げされて話題になったが、現在このサービスはAmazonのビジネスで重要な位置を占めている。

 2018年4月、Amazonは初めて公式にPrime会員数が1億契約を突破したことを公表した。単純計算でPrime契約だけで年間1兆円以上の売り上げがあるわけで、同社が重点的にPrime会員の獲得に力を入れていることもうなずける。Primeはサブスクリプション方式なので、ユーザーが固定される限りは1年を通して安定した収益を得られるのだ。

 サブスクリプションで安定した業績を上げている米Netflixが、オリジナルコンテンツを制作してユーザーの囲い込みに走るのも、この種のビジネスの安定性を示す証拠の一つだろう。Amazonとしてもダウンロードコンテンツをバラ売りするよりも、会員サービスで囲ってしまった方がビジネス上のメリットが大きいと判断してもおかしくない。

新しい業態を開拓する「Amazon Go」

 一方、自社で運営するレジなしリアル店舗のAmazon Goはどういった意図をもってスタートしたのだろうか。Whole Foodsが既存店舗を使った潜在顧客の取り込みにあったとすれば、Amazon Goは「新業態への進出」にある。

Amazon 米ワシントン州シアトルの米Amazon.com本社1階にオープンしたAmazon Goの店舗

 Amazonは、これまでもずっと商圏を広げることにまい進してきた。自社で取り扱う品目の拡大だけでなく、決済サービスという観点からいえばMarketplaceの展開で店子にあたるサードパーティーの製品も取り扱う総合オンラインモールとなり、「Amazon Pay」によって膨大な数のAmazonユーザーを背景にした決済代行サービスまでカバーするなど、活動領域を広げている。

 例えばAmazon Payでは、Amazonの業態では取り扱いが難しい食事のデリバリーサービスに対応したり、劇場でのチケット予約などシステム連動が必要な仕組みに食い込んだりしている。さらにはQRコード決済を取り込んでリアル店舗での対面決済への進出もうわさされるなど、間接的に他社のビジネス領域に入っていく様子がうかがえる。

 Amazon Goではさらに、「都市部のコンビニ需要」に目を向けている。米国でもコンビニエンスストアの業態は存在するが、残念ながら日本のように弁当や総菜を大量販売するような仕組みにはなっていない。最近ではドラッグストアチェーンが、拡大した店舗を武器に日本のコンビニに近い生鮮品販売を始めているが、恐らく潜在的な需要はまだ取り込みきれていない。

 これに対して、Amazon Goは「レジなし」という回転率の高さを武器に、これまで米国で存在しなかったコンビニ業態に新しい風を起こそうとしている。機械学習と膨大なセンサーを使ったAIによる全自動処理を駆使し、徹底的に効率化を図っているのだ。

Amazon 入店時にはスマートフォンのAmazon Goアプリに表示させた2次元バーコードをスキャンさせる必要があるが、退店時はゲートで一瞬止まるだけですぐに出られる

 米ワシントン州シアトルのAmazon本社ビル1階にあるAmazon Go店舗では、昼時になると社員が下りてきて、入店からものの十数秒でほしい商品をピックアップして足早に去って行く。社員たちに話を聞くと「すごいだろう? 私も毎日使っているし、是非体験してほしい」と口々に述べ、これまでになかった快適さをアピールする。ランチ需要の大きい都市部では間違いなくヒットが予想され、その狙いは新分野の開拓にあるわけだ。

Amazon 米国では実は珍しい日本型コンビニの弁当や総菜食品が並ぶAmazon Go

 もう一つは、小売店という仕組みの「プラットフォーム」化だ。Amazon Goに採用されている来店者と商品の動きを検知するセンサー集合体(センサーフュージョン)を使った会計処理の自動化は、食品や飲料の販売だけでなく、さまざまな業態で簡単に応用できる。

 またAmazonだけでなく、この仕組みを利用して独自店舗を展開したい他社へのOEM供給も可能だろう。これも新しいビジネスモデルであり、商圏を広げるAmazonの一手になり得る。

Amazon Amazon Goの店内。天井には多数のセンサーが設置され、来店者の注目を集めていた

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