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持続可能な社会へ ソニーの一歩が与えるインパクト

» 2018年09月19日 17時37分 公開
[小寺信良ITmedia]

 ソニーは9月10日、投資家及び経済メディアに対して同社初となる「ソニー ESG説明会」を開催した。これを受けて株式市場は概ね高評価となり、同日証券会社の投資判断レポートでも高水準となったことから、経済紙では株価続伸を報じている。

 ESGとは、企業経営や投資分野でなければあまり聞くことのない言葉だが、 環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取ったものだ。この3つに対して企業がいかにコミットしているかによって、企業価値を計っていこうとする動きで、近年特に注目されるようになった。

 キーワードは「SUSTAINABILITY」、すなわち「持続可能な社会であること」だ。

 株式会社とは、営利を目的とする集団であり、そのために一定の犠牲や搾取は避けられないものと考えられてきた。ある意味資本主義社会全体も、煮詰めていけばそのような性格を帯びる。

 こうした利己的な経済活動を続けていけば、地球環境は悪化するだけであり、現に今も生物や森林の減少、気温の上昇などが起こっている。加えて人的な問題、すなわち貧困や格差拡大、それに伴う紛争など、資本主義社会のマイナス面が無視できないレベルの負荷となって、我々の社会にのしかかってきつつある。このままでは居られそうもない、そうした限界点が見えてきたのが「今」、ということだ。

 世界企業であるソニーが、「CSR - Corporate Social Responsibility (企業の社会的責任)」 としてこれらにどのように取り組むのか、その方針を説明したのが、今回の説明会の主旨である。

photo 『「持続的な社会価値の創出」に向けた取り組み』と題して説明を行なった、ソニー執行役 常務 神戸司郎氏

2050年には環境負荷をゼロに

 環境への取り組みとしてソニーが独自に掲げるのが、「Road to Zero」である。これは2050年には環境負荷をゼロにするというターゲットから逆算しながら、中期的な戦略を立てるというもので、現在は2020年へ向けて「Green Management 2020」の取り組みを行なっているところだ。今回はさらにその先の目標として、2040年度までに全世界の自社オペレーションにかかる電力を100%再生可能エネルギーとする、「RE100」への加盟を発表した。

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photo ソニーの再生可能エネルギー導入ロードマップ

 すでに欧州拠点では、使用電力はすべて再生可能エネルギーによってまかなっているが、全社的に見れば2017年度でまだ5%程度しかない。特に厳しいのが、半導体工場を多く抱える国内である。

 現在ソニーは、CMOS製造最大手企業である。CMOSは撮像素子として多くのカメラ製品やスマートフォンに採用されているが、今後は自動運転システムなどの目となって、さらに社会の安全と深く関わってくることになる。そのCMOS工場が、現時点ではもっとも環境負荷が高い施設となっている。

 すでにソニーでは、RE100へ向けて自社拠点への太陽光発電設備の導入を進めている。今年度中には、ソニーセミコンダクタ株式会社熊本テクノロジーセンターに、太陽光パネルが設置されるという。

 ただし発電拠点と消費拠点は、今後必ずしも一致しないという問題がある。例えば広い屋根面積を有するのはロジスティック拠点であるが、そこではそれほど電力は消費しない。そこから遠く離れた半導体工場にどうやって送電するかが課題となる。

 かつては自前で送電線を引くという話になっていたが、2014年に「自己託送制度」が作られた。これは一般電気事業者が現在に保有する送電ネットワークを使って、特定の拠点間の電力融通を行なうという仕組みで、国内電機メーカーではすでに日立グループ数社がこの制度を活用している。ソニーも現在、この制度利用について協議を始めているという。

photo 再エネ100%に至るまでの達成率

 計画によれば、2030年度以降日本での導入を加速するとあるが、これには理由がある。現在の日本では、欧州と違い再生可能エネルギーの調達コストが段違いに高い。だが2009年から2012年の間で実施された太陽光発電の余剰電力買取制度が2031年に終了する。それ以降は、再エネ調達コストが欧州並みに下がると見込まれている。

 ただ先日の台風21号で、直撃を受けた地域に設置された太陽光パネルが吹き飛ばされ、近隣に落下して大量の二次災害を生んだのは記憶に新しいところだ。再生可能エネルギーの調達法として太陽光が正しいのか、時間をかけた議論が必要だろう。

次世代のための取り組み

 社会に関する取り組みとして、ソニーが継続的な課題として挙げたのが、人権リスクである。特にサプライチェーンにおける雇用条件・労働環境については、社会の目が二次調達先、三次調達先にまで向けられるようになっている。ソニーでは2017年度に、事業に関わる人権リスク分析を実施しており、「ソニーグループ 責任ある鉱物サプライチェーン方針」を制定した。特にコバルト採掘に関わる児童労働問題などへの対応を強化している。

 その一方で進めるのが、教育格差の是正である。ソニーは設立趣意書の中で、「日本再建、文化向上に対する技術面、生産面よりの活発なる活動」および「国民科学知識の実際的啓蒙活動」を掲げており、1959年より小学校の理科教育の助成を行なってきた。

 現在は戦後とは違い、学校教育の内容も十分なものとなり、全ての子どもたちが等しく教育を受けられるようになった。だがその一方で、別のところから教育格差が生まれている。

 子どもたちは年間、学校でおよそ1200時間の教育を受けるが、実は学校外で教育が受けられる可能性のある時間は、1600時間にも及ぶ。つまり今の教育格差は、学校外の時間をどう過ごせるかによって生じている。

 もちろんその背景には、貧困問題や家庭環境もあるが、ソニーでは教育格差が生じやすい小学校の放課後に注目、ここに対してNPOとのパートナーシップにより、今年9月から「感動体験プログラム」の提供を開始する。

photo 今年9月からスタートする学校外教育の取り組み

 これまでソニーでは、ロボットプログラミング学習キット「KOOV」や、IoTプログラミングキット「MESH」を製品化してきた。こうした製品開発も、次世代のための取り組みの一つと言える。

ガバナンス的取り組み

 筆者はこれまで多くの企業のCSRを見てきたが、経営が不調になると真っ先に予算がカットされるのが、こうした社会貢献事業である。先にも述べたが、株式会社は利益追求のための集団なので、利益が出ないのであれば社会貢献もへったくれもなくなるからだ。

 これらの取り組みを継続的に行なう為には、会社組織の骨組の議論は欠かせない。ソニーは2003年に会社法上における「指名委員会等設置会社」となり、ガバナンスを強化してきた。会社法に定められたガバナンス強化形態としては、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社があり、順に厳しくなっていくイメージで捉えていいだろう。

photo ソニーのガバナンスの進化

 指名委員会等設置会社では、取締役会のメンバーで指名委員会、報酬委員会、監査委員会が編成され、これらの委員会が代表を含めた各執行役員を選任・監督する。各委員会の構成員は過半数が社外取締役である必要があるなど、厳しい縛りが設けられている。

 現在のソニーは、取締役会12名中10名が社外/非業務執行取締役で占められており、経営の透明化に努めている。今回の説明会では、この10名のスキルが公開された。

photo 社外/非業務執行取締役のスキル

 これに対し、質疑応答ではエネルギーやサスティナビリティの専門家がいないのではないかという厳しい質問も飛んだが、取締役会の責任の大きさを認めながらも、この部分では経営トップである執行役員側のコミットメントが大きいという。

 また取締役会の中でもESGについてかなり活発な議論が行なわれ、様々な経験に基づいた提案が出ているという。長期継続していく中で、取り組みを評価して行きたいとまとめた。

 ソニーの掲げる中長期目標は、現時点ではかなり突飛なようにも見える。そもそも2050年まで、ソニー株式会社が今の形で存在するかと言えば、それは誰にもわからない。あと30年以上あるのだ。

 だが国内半導体大手のソニーがこうした一歩を踏み出すことは、社会に与えるインパクトは小さくない。ソニーだけでは社会は変わらないが、同調する企業が増えれば増えるほど、社会は変わる可能性が大きくなる。

 これからは事業、投資、製品、イノベーションといった見方だけでなく、 ESG的視点で企業を評価するという視点を、我々は持ち続けていく必要がある。

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