「あなたのコンピュータがウイルスに感染しています。今すぐコンピュータのスイッチを入れてください」──米Microsoftの名をかたる男がそう促す。電話を受けているのは高齢の男性と思われる声。「ええと、何だったかな、もう一度言ってくれないか?」。そう言って男に何度も何度も説明を繰り返させ、話がかみ合わないまま延々と電話が続く。
実はこれ、詐欺電話を受けているのは人間ではなく、AIである。
電話で被害者をだまして信頼させ、現金などを詐取する特殊詐欺は世界中で問題になっている。そうした手口に対し、AIに相手をさせて詐欺電話をかけてきた相手をだまし、延々と会話を続けて時間を浪費させることで被害者を減らそうという取り組みが進められている。
冒頭の詐欺電話に応対しているのは、実はAIチャットbotの「Lenny」だった。相手をだまして指示に従わせようとする詐欺男に対し、Lennyは「あまりよく聞こえないんだ」「ちょっと待ってくれ」などと言って待たせた末に、また「ええと、何だったかな?」と繰り返して相手に同じ説明をさせ、何度も名前を名乗らせる。
揚げ句、「三女のラリッサがそんな話をしていたかな。娘はとても頭が良くて、家族で初めて大学へ行ったんだ」と自慢話を始める。その話を辛抱強く聞きながら、なおも粘ろうとする詐欺男。Lennyは「そういえば先週電話でトラブルがあって、それ以来、長女のレイチェルが私と話してくれないんだ」と今度は家族の事情を切々と訴える。
Lennyは「電話勧誘業者にとって最悪の悪夢」を想定して2009年から開発され、2011年に一般に公開されて人気を集めていたという。作者がRedditに掲載した説明によると、「誰かと話したがっている孤独な高齢男性。家族が自慢で、相手の話に集中できない人物」になり切って詐欺電話に応対できる。
オーストラリアのマッコーリー大学は、こうした形で詐欺電話を撃退するAIチャットbotをさらに進化させて「Apate」を開発し、電話会社と手を組んで実用化を目指している。
Apateという名称は、ギリシャ神話に登場する詐欺と欺瞞(ぎまん)の女神「アパテ」にちなむ。Lennyが話すのはオーストラリア英語のみだったが、Apateはさまざまな言語やアクセントを学習でき、世界中のどこででも使用できるという。
マッコーリー大学のダリ・カーファー教授がこのアイデアを思い付いたきっかけは、家族と食事中に詐欺電話がかかってきたことだった。カーファー氏はだまされたふりをして40分も会話を続け、聞いていた子供たちを笑い転げさせた。
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