今回の個展に「Please forget」(忘れてください)と名付けた理由は、2つあるとリンゼイさん。1つは禅仏教の「初心」の教えに基づいた発想であり、もう1つは日本での生活の中で聞いた公共のメッセージだという。「日本では『忘れ物をしないでください』『この白線の内側には入らないでください』など“覚えてほしいメッセージ”がいつも飛び込んでくる」と指摘する。
「電車で聞こえてくるメッセージは誰の声なのか? おそらく合成音声で誰か特定の人間の声ではないと思う。(日本の社会では)誰か特定できない人の声で『忘れるな』とずっと言われ続けている。だからこそ、それを裏返して全部忘れてほしいと投げかけてみた」(リンゼイさん)
12月9日に行われたメディア向け発表会では、メディアアーティストの真鍋大度さんとリンゼイさんによるトークイベントも実施。真鍋さん自身も20年ごろに、OpenAIの「GPT-2」を使って作品を制作した経験を持つ。またSoraも利用しており、実験で作ったというさまざまな映像も披露した。
動画生成AIで作品を制作した2人のアーティストは、Soraの利点はどこにあると捉えているか。リンゼイさんは「フォトリアリズムの要素を作品に入れるためにSoraを利用した」と説明。「私にとって、“何が現実なのか”というのはずっと追求していく問いだ。それに対して、Soraが描く瞳の映像などはハイパーリアル。現実以上に現実味のある瞳ともいえるし、そういった要素を作るのがうまいと思う」と話す。
真鍋さんは自身の制作環境に当てはめて、用途によって使い分けていると話し「(リンゼイさんと同じで)僕も自分が予想できないものが作れた方がいいと思っている」と説明。2つの動画を混ぜて、新しい動画を生成する「Blend」機能が使っていて1番面白かったと明かした。
一方、クリエイターやアーティストの中には生成AIについて否定的な意見を上げる人たちも存在する。これについて真鍋さんは「著作権や倫理的な問題が議論されている現状で、手放しで作品を発表するということができるかというと、その都度確認を取る必要がある状況だと思う」と見解を述べる。
その上で「僕がやっぱり面白いなと思うのは自分が絶対考えなかったようなモノを作り出してくれるということ。これが1番刺激的な部分。AI生成物をそのまま世にリリースするということは考えていないが、そこからインスピレーションを受けて、新たに作品を作るという流れは、今後あるのではないか」と話した。
リンゼイさんは「懸念する意見も理解できる」としつつ「私は(AIに対して)あまり恐怖心は持っていない」と述べる。「私は技術に対して楽観的な見方をする性格。(AIによって)今まで自分が想像しなかったことを形にできるようになったことはすごく楽しいし、わくわくする。Soraによって魔法のような体験ができたと感じている」と続けた。
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