クリエイティブにAIを込めて
AIが壊す“専門家の壁” 新規事業開発の未来は? アプリ生成AI「ボルト」などAI駆動開発が与える影響
博報堂DYホールディングスが、生成AIとクリエイティビティについて考える同連載。今回は「クリエイティビティを軸とした事業開発と新しい価値の創造」と題し、新規事業開発を手掛けるquantum(東京都港区)の共同創業者&会長/東京科学大学特任教授である及部智仁さんがAI駆動開発による新規事業開発の変化について紹介する。
ここ最近、新規事業開発に活用できるさまざまなAIサービスが登場しています。2025年は新規事業開発における、これまでの創造性とこれからの創造性が変わる節目となるのではないかと考えています。
「Ideas are easy. Execution is everything.」という著名ベンチャーキャピタリストのジョン・ドーア氏の言葉にある通り、これまでの創造性では、アジャイルに「どう作れるか」が勝敗を分けていました。特にソフトウェアの世界では、アイデア自体が価値を生み出すわけではなく、どのような人員で、工数と予算はどのくらいかけて、アジャイルにソフトウェアを実装して改善していけるかが、勝負の大きな要素を決めていました。
しかしAIの進化により、こうしたソフトウェアの開発プロセスは大きく変わろうとしています。非エンジニアである特定業界の専門家(例えば研究者、医師、弁護士、会計士、建築家、投資家など)が、これまでエンジニアに依存していた自分の専門領域の問題を解決する製品を、自ら迅速に開発できるようになっていく可能性があります。
これからは特定業界の深い知見や経験をもった方々が、ネットワーク効果やエコシステムを形成しながら「どう拡大していくか」に創造性のリソースを割くことが、インキュベーションの鍵となっていくのではないかと考えています。
新規事業開発の6つの課題
まずはこれまでの新規事業開発の課題について整理します。新規事業開発の課題はおおむね以下の6つに集約されるといえるでしょう。
- 経路依存性(ロックイン)・認知バイアス:論文や特許を読む手段や時間がなく、自分のバイアスがかかったアイデアしか出ない
- 検証方法:誰に対してどのように検証すべきなのか、検証した結果をどう解釈するのか、本当にその検証方法で進めていいのか分からない。
- 報告方法:検証内容をうまく説明できないがために、上司や経営層への報告も難しい。
- チームの意思統一:さまざまな意見があり、新規事業の方向性をチームで統一できない。
- シーズとニーズのアンマッチ:研究開発によりシーズは生まれるが、具体的な用途の活用方法に結び付かない。
- 市場と製品のアンマッチ:いわゆるPMF(プロダクトマーケットフィット)として市場と製品がマッチしているか分からずローンチしてしまい、市場から評価を得られない。
人間の能力だけでは、これらの課題に対応し、技術の進化と市場が求めるスピード感に合わせてサービスを提供することは困難です。AIの力を借りることがますます重要になってきているといえるでしょう。
それでは、具体的に新規事業開発においてどのようにAIの力を借りることができるのでしょうか。2つの例を通して紹介します。
新規事業開発の上流工程支援:アイデアを生み出す
まず1つ目は、新規事業の上流工程、すなわちアイデア創出の支援における活用例です。例えば研究のシーズからスタートアップを創業していく場合、大学をはじめ公的研究機関や企業のR&D部門で生まれた研究成果を事業として社会実装していくうえで、共通の障壁となるのが事業計画への落とし込みです。
研究者や教授はもちろん研究のプロフェッショナルですが、資金調達を目指した事業計画を作成したことがある方は決して多くはありません。そこで、AIにより事業計画の作成をサポートする仕組みが有効となります。
また、事業計画の立案に不慣れな方が新規事業に取り組む場合、ベンチャーキャピタリストや起業支援者がハンズオンでサポートに入ることもあります。しかしながら、これにはコストも時間もかかります。
その代わりにAIと壁打ちをして、自ら事業計画としてまとめていくことで、コスト面でもスピード面でもメリットがあります。加えて、人間よりも多種多様なパターンの事業計画を生み出すこともできます。
特に創造性の広がりという観点でAIの活用は魅力的です。実際に、当社内のある事例では、AI技術がバイオの世界でも活用できることに着眼した事業計画をAIにより立案しました。
このような離れた領域同士の関連性を調査するためにはかなりの時間も必要ですし、そもそも人間の認識では関連性に気付けないこともあります。AIにより、人間が情報を仕入れて考えるよりも、工数を大幅に削減して検討を進められるのです。
AI駆動開発の目まぐるしい進化:生み出したアイデアの実装
次に紹介するのはAI駆動開発によるアイデアの高速実装です。24年の秋冬ごろから、AI駆動開発に関連するさまざまなサービスがリリースされています。AI駆動開発(AI-Driven Development)とは、AI技術を活用してソフトウェア開発のプロセスを自動化・最適化し、開発の生産性と効率を向上させるアプローチです。
AI駆動開発が登場したインパクトは大きく、既に「夜に指示を出せば、朝にはプロトタイプが完成している」という世界が実現しています。さらに、現状のAIコーディングをけん引する米AnysphereのAIコードエディター「Cursor」の進化に代表されるように、AI駆動開発に関するサービスは「2週間前の情報がもう古くなっている」という驚異的な速度で進化しています。
AI駆動開発はコード生成やテスト、デバッグ、最適化まで、一連のソフトウェア開発プロセス全体を日進月歩で民主化しています。例えば、自動的に論文から適したコードを引用したり、必要な統計処理のコードをライブラリーから利用したりと、AI自身が適切なコードを判断して利用することまで実現可能です。
非エンジニアである筆者も論文執筆などでR言語を使用して統計処理をしなければならないときには、R言語の標準的なIDEである「RStudio」ではなく、Cursorをメインで使っています。
従来の手動によるコーディングではなく、自然言語によるコード編集、AIによるバグ検出と修正提案など「Vibe Coding(バイブ・コーディング)」といわれる“AIとの対話を通じてソフトウェアを構築するスタイル”が専門家の壁を破壊し、民主化を加速化させています。
具体的にAI駆動開発が実現できることを整理すると、以下の6つです。
- コードの自動生成:AIがユーザーの指示に基づいてコードを生成する。プログラムのひな型を自動作成し、エンジニアの負担を軽減する。
- 自然言語によるプログラミング:開発者でなくても自然言語で指示を与えることでアプリやサービスを作成できる。
- 自動テスト・デバッグ:AIがコードのバグを検出し、修正を提案する。
- リアルタイムのコード補完:AIがコードの補完を提案し、効率的なコーディングを実現する。
- 最適化されたソフトウェア設計:AIが設計パターンやアーキテクチャを提案し、開発の品質を向上させる。
- MVP(Minimum Viable Product)の迅速な開発:最小限の機能を持つ製品を短期間で市場投入できるよう、AIがプロトタイプの開発を支援する。
24年後半より、AI駆動開発を実現するサービスは活発的にローンチされています。一例を挙げると、24年10月に米StackBlitzが公開したAIサービス「bolt.new」(以下、ボルト)では、自然言語による指示でコードやアプリケーションを自動生成できます。従来の開発手法では数時間から数日かかるプロセスも、ボルトでは数分で完了します。
例えば「ToDoリストアプリを作成してください」とボルトに指示を入力すると、コードを自動生成し、プレビュー画面でアプリの動作まで確認できます。必要に応じて修正指示をチャット欄から指示することも可能です。バックエンド機能も含めてリリースできる形でアプリケーションを作成し、ワンクリックでWeb上に公開できます。
また、中国のAIスタートアップ・DeepWisdomが手掛ける「MGX.dev」は、複数のAIエージェントが協調することでプロダクトを生み出すプラットフォームです。
MGXでは、一般的なプロダクト開発チームと同じく、チームリーダーやプロダクトマネージャー、アーキテクト、エンジニア、データアナリストなどがエージェントとして活動します。人間が介在しないところでAIエージェントがチームを組んで、プロダクトを作成してしまうという驚きの仕組みといえるでしょう。
「どう作るか」から「どう拡大するか」の時代へ
AIによる初期仮説のアイデア出しやAI駆動開発といった技術を利用することで、調査や実装など時間がかかる部分はAIに任せてしまい、アイデアの深掘りなど人間が行うべき作業に時間を回せるようになります。
新規事業の担当者や起業家だけでなく、調査に時間のかかるベンチャーキャピタルを支援するVCテックも数多く登場しています。「affinity」や「Decile Base」など投資判断・ソーシング・DD・ポートフォリオ支援を効率化するツールにLLMを実装しているサービスが増加しています。
エンジニアの方であれば、AIのリアルタイム伴走によりバグやエラーの修正にかかっていた時間からより創造的な開発に集中できるようにもなるでしょう。特にエンジニアの方は、AI駆動開発によるプロダクト開発の仕組みや工程を理解しています。AI駆動開発をうまく味方につけることで、よりクリエイティブな作業に時間を割けるようになると考えています。
冒頭で説明した通り、これからの創造性は「どう作るか」から「どう拡大するか」といった、AIには難しい人間ならではのつながり、交渉、判断と実行力が必要となる領域にフォーカスされていくと思われます。
AIが高速にアイデアを形にできたとしても、それを「社会に受け入れられる形で拡大していく」役割は、やはり人間の担うべき領域です。例えばプロダクトを中心にしたエコシステムを作っていったり、プロダクトにより社会的なシステムをどう変革していくかを考えたりと、プロダクトと社会の変革に人間が時間をかけて介在し、創造性を発揮していく必要があるのではないでしょうか。
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クリエイティブにAIを込めて
AIによって人間の能力を向上させていくことを目的とする研究機関「Human-Centered AI Institute」を設立した博報堂DYホールディングスが、生成AIとクリエイティビティについて考える。
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