では、どのようにモノクロ写真をカラー化していったのか。渡邉教授によると、AI技術でモノクロ写真をカラー化するWeb上のサービスを複数組み合わせて着色。その後、手作業で色を修正していったという。
渡邉教授がよく使うサービスの一つが、スウェーデン出身のAI研究者であるエミール・ウォルナー氏が開発したモノクロ写真をカラー化するWebサービス「Palette」だ。Paletteでは、モノクロ写真をアップロードすると、AIがカラーフィルターの異なる複数のカラーリング案を提示する。また着色の編集ポップアップでは、AIが写真内の人やモノ、色を認識してテキストで表示。色を示す単語を変えることで、写真の色を調整できる。
渡邉教授は、こうしたAIサービスの利便性や技術力の高さを評価する一方、「AIは万能ではない。元がモノクロなだけに割とミスをする」とも指摘する。例えば、人の手を緑色に着色したり、軍服の飾りの色を間違えたりするという。
加えて「当時の軍服には、嫌になるくらい色のバリエーションがある」と渡邉教授。このため、AIサービスによって着色するだけでは終わらず、元の写真がいつどこで撮られたかという情報をもとに、図鑑や有識者の意見を参考にしながら、米Adobeの画像編集ソフト「Photoshop」で色を修正。当時の色により近づくようにした。
こうした手作業と切っても切れないカラー化だが、動物にもこうした難しさはあったのだろうか。渡邉教授は「1940年代の動物と今の動物の色は一緒なので、着彩の時は“うれしいラクさ”がある」と語ってくれた。
「人は、政治状況などに合わせて着るものをどんどん変えていく。動物たちの目線で見れば『なんだか慌ただしい生物だな、迷惑だな』と言っているようにも感じる」(渡邉教授)
手作業での色修正にこだわるのは、「AIの出力が不完全」以外にも理由がある。「少しずつ色を直していく。その過程が大事で、AIがただカラー化するだけだと、ときめきはない」と渡邉教授は語る。
同氏が例として挙げるのは、先ほどの馬を弔う写真のカラー版を、書籍に掲載する前にSNSに投稿した際のエピソードだ。軍服の首元の飾りを赤色で着色していたところ、あるユーザーから「それは緑です」と指摘が入ったという。その指摘を裏付ける理由もあったことから、色を赤から緑に修正した。
「この1枚が出来上がるまでに、複数の人の知見が動員されている。その過程こそが大事で、AIが万能になって(全ての)色を付けるようになると、どんな人の心のなかにも記憶は残らない。『これが正しい色なんだ』で終わってしまう。けれど色を模索して、複数人と対話をしていくなかで、僕らは過去の出来事により深く没入していける」(渡邉教授)
渡邉教授自身を含め、カラー化に携わる人々が写真に関する知識を蓄積することはもちろん、そこにやりとりが生まれ、写真にまつわる過去の出来事ついて興味関心を持つ人が増えることが重要と語った。
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