生成AIが急速に発達するなかで、モノクロ写真のカラーリング技術はどのように変化してきたのか。渡邉教授によると、2020年ごろのAIは、学習したデータに応じて1パターンだけカラーリングを出力するものだったという。一方、現在のAIは、Paletteのように複数のカラーリングパターンを出力できるようになった。
「動物たちがみた戦争」には、こうしたカラーリング技術の発展を反映した仕掛けが施されている。そのうちの一つが、本の表表紙と裏表紙にあしらわれた2枚の写真だ。2枚とも、1枚のモノクロ写真をカラー化したもので、2人の日本軍の兵士が小鳥とたわむれており、そのうち1人は手に花を持っている。
一見、どちらも同じように見える写真だが、実は兵士が持っている花の色が異なる。片方はピンク色に、もう片方は黄色に着彩されている。渡邉教授は、この2枚の写真に「今のAIの凄さと恐ろしさの両方が表れている」と指摘する。「この2パターンはAIが提案してきた。この花はプルメリアという花で、ピンク色も黄色も実在する」(渡邉教授)
しかし、このモノクロ写真の詳細な撮影場所は分かっていないため、実際の色を確かめる術はない。2枚のカラー化した写真について、渡邉教授は「どう見ても本物なのに、どっちもうそ」と表現する。20年に出版した「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」では「カラー化するとありありとよみがえる」という“イノセント”なコンセプトを貫いたが、今回は「そうもいかなくなった」として、2パターンどちらも掲載した。
また「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」では、多くのページをカラー化した写真のために費やした一方、「動物たちがみた戦争」では、似たモチーフを扱うモノクロ写真とカラー化した写真を、見開きで並べて掲載している。これもまた、AI技術の発展を反映した仕掛けだ。
渡邉教授は、戦時中のモノクロ写真のカラー化は「(当時の色に)到達するための手掛かりがちゃんとある」と説明する。一方、例えばPaletteのようなサービスでは、テキストによる指示で画像を修正できるため「裏側から見れば、自分の都合の良いように着彩することができてしまう」(渡邉教授)
加えて、渡邉教授は「モノクロ写真が本物。でも、われわれはモノクロ写真のほうがうそに見えてしまう。色が付いているほうがリアルに感じる」とも指摘。戦争に関するフェイクニュースが発信される状況などを踏まえ、「動物たちがみた戦争」に施した工夫について「誰でも簡単に高性能な偽物が作れる時代に、あえてカラー化の本を出す意味だと思う」と振り返った。
「カラー化写真に目をやってからモノクロ写真を見ると、色が付いて見えることもあるし、モノクロの写真を中心に見てからカラー化写真の方を見ると、逆に違和感が生じることもある。鑑賞する時には2つの目線で見てもらえれば」(渡邉教授)
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