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人はなぜ音楽を買うのか小寺信良(3/3 ページ)

» 2005年08月22日 09時50分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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パッケージングが生む、もう一つの欲望

 コンテンツをパッケージ化するという手段は、何度でも再生できるという別の利便性を生んだ。購入すれば何度でも再生できるという仕組みが、コンテンツを求める原動力をより加速したのである。

 音楽というコンテンツには、あまりにも膨大な情報が含まれている。複数の音色、複数のリズム、複数の旋律、そして言葉。これらが時間的に変化していくものを、人間の脳はまるごと暗記できない。だが反復して体験することで、次第にそのエッセンスを記憶していく。旋律や言葉から来るイメージをリアルタイムで脳内に投影したり、あるいは演奏家の姿を思い描く作業などを行なった結果、そのコンテンツの細かいニュアンスまで把握していく。

 反復して体験するという機能を利用することによって、新たにコンテンツを把握するための欲、敢えてグロテスクな表現を用いるならば、そこには「咀嚼欲(そしゃくよく)」とでも呼ぶべき感情が発生しているのではないだろうか。そして咀嚼することで、その作品を自分自身の精神的な成長の糧として利用するわけである。

 逆の言い方をすれば、咀嚼するには何度でも繰り返し再生する必要がある。我々はパッケージを所有してしまえば、自分にはいつでも何度でも再生する権利が発生すると思っている。そして欲というのは、基本的に時と場所を選ばない。

 したがって購入したコンテンツが、「ダウンロードしたPCでしか聴けません」、「音楽CDを作るなんてとんでもありません」などという制限がかかると、咀嚼欲を制限された不満足感を感じる。欲とは、自制する分には健全だが、他者から制限されると反発を生むものである。

 iTMSのFairplayの仕組みやiPodとの関係は、これらの欲を満足させる、あるいは言い方を変えれば、これらの欲に落ち込みやすい状況をうまく作り出している。日本では別の条件になるという噂も一時はあったが、結果的には他国と同じ条件を引き出すことに成功した。

 iTMSがこれほどまでに強気で交渉できる理由は、基本的にiTMSがほかの音楽配信事業、あるいは一般的な音楽販売事業とは、収支モデルが全然違うということである。iTMSは、楽曲販売で食っていく体質ではない。アップルにとっての音楽販売は、iPodの売り上げの販促ツールなのである。

 結果的には、目の色変えてカネカネ権利権利言うサービスじゃないところが、ユーザーの支持を得る格好となった。資本主義社会では、すべての会社が利益追求のために機能しているのは言うまでもない。ただそのやり方が、いかに消費者の欲望に即しているか、という単純なところに徹しきれないのが、日本の音楽産業の“おごり”でもあり、弱いところなのである。

 輸入CD還流防止で音楽文化を守ろうだの屁のようなことを言う前に、新しい文化に向けて投資するほうが建設的だと気付かないほど、日本のビジネスマンがオロカだとは思えないのだが。


小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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