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補償金制度廃止論にまつわる明と暗小寺信良(2/4 ページ)

» 2005年09月20日 00時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]

補償金制度廃止に向けての正論

 補償金制度見直しの土台として考えられるのが、私的使用の複製が、権利者のどのような利益を侵害しているのかという点である。

 もちろん複製したものを自分や家族だけではない範囲の人に渡すことは、そもそも第30条の侵害であるからダメなのは理解する。だが補償金制度はそれらの頒布範囲にかかわらず、自分で買った音楽CDを、自分がカーステレオで聴くためにCD-Rに複製することに関しても対象としている。この場合に、侵害している権利とはなんなのか。じゃあ権利を侵害しないためには、まったく複製をせずに聴きたい機器やシーンに併せて、毎回音楽を購入し直さなければならないのか。

 この点に関して権利者側からは、いつも明確な答えがない。強いてあげれば、デジタルコピーは品質の劣化がないから、ということになるだろう。が、答えとしては的はずれである。音質が劣化するMP3などのデジタル変換ならOKになってしまう。実際にどんな権利を侵害しているかは、すでに補償金制度というものが法的に認められた段階で話はついているはずだから、今さら説明は不要、ということなのだろうか。

 iPodなど、メディアを使用しないプレーヤーに補償金制度の導入を、という根拠になっているのは、これまでのアナログ式の複製に比べて、デジタルコピーは簡単であり、もはや「零細な複製だからお目こぼし」できる限度を超えた、という点だ。

 これについては面白い指摘ができる。例の「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 審議の経過」に盛り込まれた資料に、【携帯オーディオ機器の国内出荷の推移】というグラフがある。

 これを見ると、2005年予測も含めて、MD機器に対してメディア内蔵型プレーヤーの比率が急速に高まっているように見える。だが合計の金額を見ると、2002年から2004年までは増えているが、逆に2005年予測では減少に転じている。MD機器の減少幅が、メディア内蔵型プレーヤーの増加幅を上回ってしまっているのである。合計台数に注目すると、私的複製というのはむしろ零細化に向かっているという見方もできてしまう。

 権利の侵害もよくわからなければ、MD全盛期に比べて大量複製増加という事実も出てこない。補償金制度というのは、正論で詰めていけばまったくなんだかよくわからないのである。

表からは見えないバランス

 わからないのは当然で、そもそも日本では、補償金制度成立のいきさつからして、すでにいろんな矛盾をはらんでいた。正面玄関から「こんにちわー」と訪ねていっては、わからない事情がたくさんある。

 もともとこの補償金という制度は、1965年に当時の西ドイツで生まれた。このときのスタンスは今も継続されているわけだが、そのスタンスとは「録音機器を作るメーカーには、著作権侵害のほう助にあたる責任がある」という考え方である。つまり補償金というのは、このほう助責任をクリアするために、メーカーが権利者に払うものなのである。

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