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補償金制度廃止論にまつわる明と暗小寺信良(3/4 ページ)

» 2005年09月20日 00時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 その後1992年に、米国でデジタル録音のみに限定した補償金制度「Audio Home Recording Act(AHRA)」が成立したことを受けて、音楽業界は慌てたのだろう。日本に補償金制度がなく、私的デジタルコピーが放置ということになれば、新しい収入源として補償金というものをGETした米音楽業界が黙っているはずはない。最悪のシナリオとして、「日本では海外の音楽の販売差し止め」ということも想定されただろう。

 そこで音楽業界はメーカーに、海外と同じように補償金制度を入れてくれないか、という話を持ちかけた。大手録音機器メーカーは、傘下にレコード会社を持つところも少なくない。結果的にはそれほどの損失にもならないという腹はあったのだろうが、欧米の補償金制度で気に入らないのが、「メーカー側に著作権侵害幇助の汚名が着せられる」ことである。

 そこで双方の落としどころとして、「じゃあ消費者が悪いってことでどうよ」ということになった。もちろんそんなことを、当時の消費者団体が許すはずもない。なんだかよくわからないうちに、勝手にお金を払わされることになるからである。そこでもう一つの落としどころとして、「法律上は消費者が払うってことにして、実際はメーカーが払う」ということで、米国の補償金制度導入からわずか1年という短期間で、三者手打ちとなった。著作権法第5章 第104条の5に、「製造業者等の協力義務」が明記されているところに、その絶妙なパワーバランスが垣間見える。

 こう決まったからといって、メーカー側もただ黙って支払うわけではない。社団法人 私的録音補償金管理協会(SARAH)からは補償金集めの協力費として、メーカー側、具体的には機器関係は電子情報技術産業協会(JEITA)、メディア関係は日本磁気メディア工業会(JRIA)に、数千万単位のお金が戻っていると言われている。

 こうして補償金制度は、権利者側とメーカーがお互いのケツに噛みつき合ったまま、ゴロゴロと転がり始め、肥大化していった。

 このまま何事も起こらなければ、補償金制度は消費者にあまり知られぬまま、安定動作していた。最近になって、補償金制度の内容を知らない消費者が8割を超すとの調査報告が出たが、考えてみればそんなのは当然で、最初から消費者が関係ないところで動いているシステムなのである。

 どんな事業もそうだが、儲かっているうちは問題ない。ところが補償金の対象外の機器、しかもメディアを消費しないものが、近い将来に私的複製の中心となり、補償金が目減りすることが明らかとなった。だがただそれだけでは、権利者側も今回のように慌てなかっただろう。

 補償金の目減りに対して、今現在大きな影響を与えているのが、「オープン価格制度」の導入である。元々補償金の額は、カタログに記載されている定価から、率で計算することになっていた。ところが世の中のほとんどのものがオープン価格になり、カタログから定価というものが消えてしまった。

 そこでメーカー側は、実売価格をベースに補償金を計算すると言いだした。カタログ定価に比べれば、オープン価格のほうが安いに決まっている。したがって補償金の額は、ガッツンと少なくなった。本来はカタログに定価が載らなくなった段階で、補償金制度はいったん破綻しているのである。

 水面下で調整していればなんとかなったかもしれんものを、交渉の決裂からか現在の目減りの焦りからか、権利者側は補償金制度対象枠を拡大するという意向を、公の場で発表してしまった。そしてその行動はついに、寝た子=一般消費者を起こしてしまったのである。この寝た子は、昔と違ってネットという強大な武器を持っている。一度起きたら、簡単には眠らない。

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