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楽天がTBSの株を売らずに目指すところは……?(2)金融・経済コラム

» 2007年03月12日 11時15分 公開
[保田隆明,ITmedia]

 前回のコラムで楽天とTBSの件について触れましたが、「今後どうなるのでしょうか? 少し予測などしてみました」なんて書いておきながら、今後の予測がないじゃないか? というご指摘を受けましたので、書いてみようと思います。

 最終的には楽天はTBSの株式を売却せざるを得ないのではないかと思いますが、その前に、今年の6月のTBSの株主総会にむけて最後のあがきをすることで少しでも何らかの提携メリットをTBSから引き出すという作戦かと思います。今はその準備期間かと。

2月末で何が変わったのか

 簡単に先々週のニュースのおさらいをしますが、信託期限が切れたということで、楽天が保有するTBS株式の議決権が復活しました。以前は楽天はTBS株を20%弱持っていたものの、株主総会など議決権を行使する場所では実際は20%弱もの影響力を持っておらず、半減させられていました。株主総会は会社の意思決定の最高決定機関ですので、そこで20%弱もの影響力を持っているのか、その半分しか持っていないのかでは会社に与える影響度合いが異なります。

TBSの株主総会に向けて、楽天は仲間となる株主を探すことに……?

 実際のところは、50%以上の過半数を持っていれば、大体の決め事は思い通りにできますが、20%だけでは株主総会で莫大な影響力を有するには至りません。ただし、1人では20%しか保有していなくとも、他の株主と結託することで影響力を増すことはできます。例えばウラで株主同士が結託して、株主総会での決議事項に全員で一斉に賛成や反対すれば、たとえ20%しか保有していなくとも結託仲間のお陰で自分の思い通りに株主総会を牛耳ることも可能です。そのためには結託仲間の持分割合が合計で50%以上になる必要がありますので、当然ハードルは高いわけですが。

 楽天が今回、TBSの株式の議決権を復活させたということは、6月下旬に予定されているTBSの株主総会に向けて結託仲間となる株主探しをしますよ、というポーズをTBSに見せることにもなりえます。もちろん表面上は提携協議の姿勢を貫いてはいますが、議決権が復活した今から株主総会までが最も楽天にとっては有利なポジションでTBSと交渉をできるわけであり、特に、TBS株式をめぐってはABCマート会長が9%弱を持っているので、楽天とABCが結託すると約30%弱もの勢力となり、あと20%強の株主を集めることができれば見事に株主総会での逆転が成立ということになります(専門用語では委任状闘争と呼びます)。

 この株主同士での結託が最もTBSにとっては怖いシナリオです。というのは、TBSは楽天の保有する株式の信託期限が切れると同時に、新たな買収防衛策の導入を決めましたが、その防衛策も、株主総会におけるそのような結託に対しては通用しないのです。世の中で、さまざまな買収防衛策が取り上げられていますが、株主総会における株主同士の結託に対しての防衛策は実は存在しないのです。

いくら仲間を探しても楽天が株主総会で逆転することは難しそう……

 TBSに、そういう結託の可能性を想像してもらい、自然と株主総会までの交渉を有利に進めようというのが楽天の戦略だと思います。しかし、実際のところは、TBSは楽天による大量株式保有が判明して以来、安定株主作りに励んできましたので、楽天がいくら株主総会で結託してくれるほかの株主を探したところで、そもそも50%以上を集めることは不可能かと思われます。

 よって、楽天も真剣に他の株主との結託によって株主総会を牛耳れるとは思っていないでしょうが、事業提携は何も引き出せず、株式売却益のみを得ました、というのでは三木谷社長の面目が立たないでしょうから、自社の立場を有利にして交渉力を高め、とにかく「何でもいいのでカッコがつく」事業提携をTBSから引き出し、TBS株式を売却というのが最終的な流れかと思われます。

楽天は売りたくても売れない?

 ただ、現在のTBS株価は高値で推移していますので、楽天が売却をしたいと思ったところで買ってくれる人が存在しないかもしれません。売る場合は、証券会社に買い取ってもらい個人投資家に売却するなどの手法も考えられますが、しかし、20%もの株式の処理となるとちょっとてこずりそうです。

 あるいは、TBSが自社株買いをして楽天が保有するTBS株式を買い戻すというオプションもありますが、敵に塩を送るような行為に対してTBSがどこまで受け入れ可能かという問題があります。

TBSはどうしたいと思っているのか…?

 以前は、村上ファンドがTBSの株式を大量に保有していたことがあり、当時は村上ファンドはTBS経営陣に対してMBO(Management Buy Out:経営陣による自社の買収)による非上場化を提案していました。TBS経営陣はその提案に取り合わなかったわけですが、もしあの時MBOをしていれば当然ですが楽天による奇襲攻撃や、最近のABCマート会長による株式大量取得という事態も発生していません。

 当時はまだ日本ではMBOを行う企業が少なかったため、おそらく経営陣の方々もMBOとはなんぞや、そのメリットは? などについてあまりピンと来ていなかったのではないかと思います。それが昨年はMBO元年という様相を呈し、MBOが一般化しましたので、もし時代が少し違えばTBS経営陣がMBOを検討する余地はあったのかな、なんて思ったりします。

 もちろん、村上ファンドからの提案である限りは、絶対に受け付けなかったとは思いますが……。MBOに応じることは村上ファンドをも利することにつながりましたので、それもTBSがMBOをハナから考えることがなかった理由でもあると思います。

 今は、もしかするとTBS経営陣は、「MBOもありかもな」なんて思っているかもしれませんが、残念なことにTBSの株価は前回ご指摘した通り、過去の株価に比べても高い水準にありますので、経営陣にとってはMBOをしづらい状況になっています。

 本業以外に魅力的な不動産を保有しているサッポロビールが米系投資ファンドのスティール・パートナーズ(・ジャパン・ストラテジックファンド)に狙われたように、TBSも港区赤坂に保有する不動産価値は魅力的ですので、楽天やABCマートの問題が解決したとしても、次々と難敵が登場しそうです。そういうドラゴンクエストのような冒険を続けるのか、多少株価は高いもののMBOでゲームを一旦リセットするのか、はたまた不動産事業と放送事業を分離してしまうのか、今年来年当たりにはある程度の方向性を見出すタイミングになりそうです。

保田隆明氏のプロフィール

リーマン・ブラザーズ証券、UBS証券にてM&Aアドバイザリー、資金調達案件を担当。2004年春にソーシャルネットワーキングサイト運営会社を起業。同事業譲渡後、ベンチャーキャピタル業に従事。2006年1月よりワクワク経済研究所LLP代表パートナー。現在は、テレビなど各種メディアで株式・経済・金融に関するコメンテーターとして活動。著書:『図解 株式市場とM&A』(翔泳社)、『恋する株式投資入門』(青春出版社)、『投資事業組合とは何か』(共著:ダイヤモンド社)、『投資銀行青春白書』(ダイヤモンド社)、『OL涼子の株式ダイアリー―恋もストップ高!』(共著:幻冬舎)、『口コミ2.0〜正直マーケティングのすすめ〜』(共著:明日香出版社)、『M&A時代 企業価値のホントの考え方』(共著:ダイヤモンド社)『なぜ株式投資はもうからないのか』(ソフトバンク新書)。ブログはhttp://wkwk.tv/chou/


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