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» 2008年04月15日 08時55分 公開

つい口に出る「微妙」な日本語:第13回 「いって来い」――隠語はほどほどに

親も学校の先生も教えないし、辞書にも載ってないのに、会社に入るとみんな使っている不思議な隠語というものがあります。さらに、一歩会社を出て異業種の人と話すと、それがまるで通じないことも。仲間内の言葉は仲間だけで使うようにしましょう。

[濱田秀彦,ITmedia]

 「タナボタで受注できそうな案件ができたけど、目標予算が増えたから、いって来いだなあ」

 「それは課長、つまり、七夕祭りのことで頭痛がして吐きそうな案件があって、予算が増えたから、客先にせっせと行って仕事を取って来いってことですね」



   出現度……★★
   不快度……★★★★

 そんなことは誰も言っていません。

 この場合の「いって来い」はプラスマイナスゼロという意味です。課長も課長で、大切な予算の話なのですから、誰にもわかる表現で言わなければいけないでしょう。

 「いって来い」は、相場の世界から始まった言葉という説があります。大和証券のウェブサイトに掲載されている証券関係の「用語集」に「いって来い」の解説がありました。そこには「相場や株価が値上がりまたは値下がりした後に、結局はもとの水準まで逆戻りしてしまうこと」と記されています。また、「いって来い」は、「行って来い」ではなく、「往って来い」と表記されています。同じ意味で辞書(大辞林 三省堂)に「往来相場」という言葉が出ていますので、これが起源と考えてよさそうです。

 ついでに、「往って来い」を「トントン」「ツーペイ」と言う人もいます。いずれにしても、誰もが分かる表現ではありませんね。

 このような、ある世界でだけ流通する言い回しを隠語や符丁(ふちょう)などと呼びますが、業種、職種によってさまざまな符丁があります。デパートで「四番」はトイレ、警察官が「うかんむり」と言えば窃盗犯など。出版社の編集者も「トルツメ(削除してつめる)」「イキママ(直さず元通り)」「チンビラ(宣伝用の細長いポスター)」「ヤレ本(汚損した本)」など、しばしば不可思議な用語を使います。

 符丁が飛び交う世界として有名なのはテレビ業界ですが、私は門外漢なので

 「エビ子ちゃんケツカッチンなんでモエ子ちゃんと録り順てれこにしてもらえますか。いいですか。じゃ、尺足りないときはまたご相談で。あとギャラは源泉なしの3並びで。事務所に振り込みでいいですか? あ、当日取っ払いがいいですか」

 などという、わけの分からないことを言う人が実在するのかどうか、本当のところは知りません。知りませんが、きっと無理して業界用語を使っても、外部の人はもちろん中の人にもカッコよく見えるということはないんじゃないかという気がします。

 ところが、こうした符丁を多用している人と一緒にいるとき、気がつくと自分まで同じ言葉を使っていることがあります。冷泉彰彦氏の『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)によれば、これは何も、業界人を気取りたいからというわけではなく、「関係の空気」(一対一の会話における空気)を維持したいという無意識の判断によるのだそうです。空気を共有し、濃密な関係を維持しようというわけですね。符丁を共有するということは、コミュニケーションを円滑にする1つの方法ではあるのかもしれません。

 さまざまな符丁の中には、おすし屋さんから出た「お愛想(勘定)」や、噺家から出た「セコい」のように、ずいぶん一般化したものもありますが、必ず通じるという確信がない場合には、乱用は禁物です。相手と、同じものを持っててこそのコミュニケーションだということを常に自覚したいものです。

肝に銘じよ!

通ぶって みたい気持ちは 分かるけど


筆者:濱田秀彦(はまだ ひでひこ)

ヒューマンテック代表取締役。1960年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒業。住宅リフォーム会社に就職し、最年少支店長を経て大手人材開発会社に転職。トップ営業マンとして活躍する一方で社員教育のノウハウを習得する。1999年に独立。現在はコミュニケーション研修講師として、プレゼンテーション、話し方、マネジメントなどの分野で年間100回以上の講演を行っている。また、Webサイトのプロデュース、システム開発も手がける。著書には『ビジネス快話力』(主婦と生活社)、『みんなのパワーポイント企画・構成・話し方』(エクスナレッジ)などがある。


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