聞き慣れない専門用語よりも、実際は誰もが知っている一般用語の方が、会話の中で双方の理解が異なっている場合があります。今回はそうした事態を避けるためのある手法を解説します。
文書化支援コンサルタント、開米瑞浩の「説明書を書く悩み解決相談室」第16回です!
言葉が通じないために思うように言いたいことが言えない、というのは何かとストレスがたまるものですが、そんなシチュエーションは何も相手が外国人の場合に限ったことではありません。かえって日本人同士の方が「同じ用語を違う意味で使っている」ことに気付かず、コミュニケーションをこじれさせてしまうことがよくあります。
今回は、ある知人と話をしていてちょっとびっくりした話から始めましょう。
城島 あのさ、ちょっと確認したいんだけど……。
開米 うん、何?
城島 誰かが誰かを「認めている」って言うのと、「期待している」と言うのは全然意味が違うよね?
開米 ……へ? なんで? かなり近い意味だと思うけど。
城島 え、そう?
最近あった何気ない会話の1シーンです。このときは正直「何が何だか、分からない……」と思いましたね。
開米 だって例えば、「俳優志望のA君は念願かなって劇団○○への入団を認められた」という言い方はするでしょ?
城島 それはする……なあ。
開米 この「認められた」って、劇団の側からすれば、期待してるから認めるわけじゃん?
城島 いや、そうじゃなくてね、うーん。何て言ったからいいかな、とにかくそうじゃないんだよ。
ということで、どうやら私と城島さんは「認める」という言葉でお互いに違う場面を想定しているらしいことが分かりました。実際どう違っていたのか、という話はもう少し後で書きます。
実はこんな風に「誰でも知っている用語が、人によって違う意味に受け取られる」ケースはよくあります。しかもその場合、話す側も聞く側もなかなかその違いに気付かないことが多いのです。人は自分にとって聞き慣れない専門用語であれば注意するのですが、「認める」のように誰でも知っている一般用語だとその注意力が働きません。その結果、
城島:「認める」と「期待する」はまったく別の意味
開米:「認める」と「期待する」は非常に近い意味
といった認識の違いがあるのに、それに気付かずに話を進めてしまうことが起こりがちです。
他人の書いた文書を読んだりプレゼンを聞いたりしていると、こうした用語ギャップが分かりにくさの原因になっているケースにちょくちょく遭遇します。ただし書いている/話している本人はなかなかそれが分かりません。その問題を防ぐためにも、多くの読者の目に触れる表現は、専門知識のない第三者にチェックしてもらうべきなんですね。
その後、私が城島さんに「期待せずに認める」となる状況イメージを詳しく聞いたところ、大体こんな話でした。
例えば子供が学校での出来事を家に帰って母親に話すような場合、子供としては「あんなことがあった、こんなことがあった」という話をただ聞いてほしいのであって、それに対して「よかったね」「面白いね」「そりゃ残念だったね」のように、ただありのままに受け入れてほしいと思うもの。それが、認めるということ。ところが、子供に期待している親は「どうして○○できないの?」のように、自分の子供への期待を基準にして、駄目出しするような対応をしてしまう。だから「期待せずに、認めること」が大事なのだ。
ということです。なるほど、確かにこれは「期待しているから、認める」のとは違う意味の認めるだと言えます。
城島 そうか、期待しているから認めるっていう用法もあるねえ、そういえば。
開米 僕はそっちしか思い浮かばなかったよ。
城島 あ、そう? いや実はカウンセリングの世界で認めるって言うと、必ず「期待せずに」の方なんだよ。だからそっちが普通だとばっかり思ってた。
開米 あ、カウンセリングか……なるほどな。
1つの分野の中では、一般用語にもその世界特有の用法、意味合いを付与して使っているケースは珍しくありません。今回もどうやらそういうことだったようです。そのため、その分野の知識がない人に話をするときにはこうした「業界特有の意味を持つ一般用語」がきちんと通じるように配慮しなければなりません。そうしないと、
「カウンセリングの場面では、相手の話をただありのままに認めることが大事です」
のように書いただけでは、「認める=期待する」の先入観を持った人には、訳の分からない説明になってしまいます。
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