安倍政権のTOEFL必修化は必要? 「日本人の9割に英語はいらない」著者、元マイクロソフト社長成毛眞氏に聞く:企業家に聞く:成毛眞氏【前編】(2/2 ページ)
元マイクロソフト社長で2011年に話題となった書籍『日本人の9割に英語はいらない』を出版した成毛眞氏。いま、安倍政権の下でTOEFLの必修化などが打ち出されているが、氏はそれをどのように見ているのか?
日本の再生と英語教育は無関係
まつもと 大学受験にTOEFLを課す、という点にも疑問があります。
成毛 受験勉強として物理や古文のようなトリッキーな課題で脳を鍛える意味では、ありかも知れませんけどね。僕は人間の能力って人生のどこかでピークを迎えると思っていて、トップ大学に合格するような人たちの多くはそれが18歳で来ている。その後、成長曲線が下向きになっちゃうと「勉強はできても仕事で使えない」という評価が下されることになるわけだね。
でも、大抵の人はそこから以降も伸びていく。伸び方には個人差はもちろんありますけどね。なので、TOEFLの件も含めてだけど18歳の時点の能力でその後のキャリアが決まっていくような仕組みはそろそろ止めたほうが良いとは思うね。もう多くの企業はそれに気がついたので、学歴をほとんど見ていないけどね。学閥がいまだに幅を効かせている会社は別だけど(笑)。
それに、文系が得意なのか理系が得意なのかで、この曲線は複数存在しているはず。何よりも、それぞれに応じて必要な英語力って異なるはずだよね。もちろん、英語自体は学問の世界ではユニバーサルな道具なので、身に付けるにこしたことはない。これを機にカリキュラム間に競争原理を持ち込んで、昔からの惰性で存続しているようなものは見直すべきチャンスかもしれませんね。
いずれにせよ「大学受験でTOEFLを課せば、それでもって日本の産業のグローバル化が実現する、国が再生するんだ」というような妄想は持たないほうが良いでしょう。
英語圏でビジネスをすることと英語ができることを混同するな
まつもと 産業再生と英語との関係も明確にする必要がありそうですね。
成毛 アマゾンやマイクロソフトなどが強いのは、始めから英語圏を視野にマーケティングできている点だね。それだけで日本の10倍以上の市場がターゲットになるわけだから。特に生産量に応じて原価も上がっていく自動車のようなハードではなく、ソフトウェア、知財にまつわる製品ではそれが絶対的に効いてくる。
そのことと「英語ができる」ことを混同してはいけない。ソフトウェア化された社会、そして製品において競争力とは市場の大きさで決定されるという自明なことと、英語力とは関係がないから。マーケティング力、それを裏支えする数学、分析の力こそがそこでは鍵を握る。
イノベーションを語るのであれば、そこにある構造をまず理解しなければいけません。例えば電子書籍。わたし自身も「HONZ」という書評コミュニティーサイトを運営していますが、もう「紙の本の電子化」を中心に据えている段階ではない、と断言できます。まず電子からコンテンツを生み出し、後から紙になるものもある。そういう構造を前提に事業を組み立てなければならない。
そういう時代に書き手や編集者をどう確保するか、彼らに対してどのように資金を提供し回収していくか――そこに優れた仕組みを用意できたものが勝ちます。逆に言えば、この時点で電子のセルフパブリッシングがまだないプラットフォームはもう立ちおくれてしまっているのです。
構造の理解という点では、ハードウェアのみならずプラットフォームの完成度の高さもそこでは問われます。例えばKindleが優れているのは、超薄型ディスプレーの「E Ink」というハードウェア技術を組み込んだこと、そして続きはどの端末でも読めるシステムを作り上げたことですね。
もう少し大きく、マーケットプレイスとして対アマゾンを考えるのであれば、商品数や参加テナント数ではなく、クレジットカード情報のような決済情報こそが鍵を握るのだということが分かっていて、具体的な施策を打てているか、ということです。
まつもと Tポイントがヤフージャパンと組んだ、といった話などが思い起こされますね。
成毛 そうなんですよね。電子書籍で仮に対抗するとしても、参加する出版社や書籍点数を増やせば「勝てる」のか?というのが根本的な問いかけになります。例えば政府の下で産業再生の戦略を練る人たちが、そういった構図を理解しているのか、というのは大いに疑問ですね。やはり布陣って大事で、いくら経産省の官僚の人たちが優秀でも、首相のすぐそばで進言する人たちが仮に正確に戦況を分析できていないとしたら、それは負けるための布陣だということになってしまうでしょう。
「英語力と日本の再生には何の関係もない」と断言する成毛氏。なぜ日本の競争力が弱くなってしまっているのか、まずその構造を理解することこそが必要だと言うのが氏の持論だ。そのために氏が必要性を説くのが教養の力。後半は、デジタル化が進んだ現代において教養をどう身に付けるべきかを聞く。
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