過去最高! 新江ノ島水族館がV字回復したワケ水曜インタビュー劇場(えのすい公演)(2/7 ページ)

» 2016年09月28日 06時00分 公開
[土肥義則ITmedia]

えのすいの来場者数、目標達成

土肥: 新・えのすいの前身・旧江ノ島水族館は1954年に誕生して、当時は「近代的水族館 第一号」と呼ばれていたそうですね。それまでの水族館にはなかった、水を循環させる装置を設置したり、水温を一定に保つ機械を導入することで、温かい水や冷たい水に住む生き物を一年中展示することが可能になったそうですね。当時は、どのような魚を展示していたのでしょうか?

高井: 「世界中の珍しいモノを見たい」という人が多かったので、アマゾン川のピラニアや電気ウナギ、アフリカのハイギョなどを展示していました。もちろん、相模湾に生息する生物も展示していたのですが、「日本で見ることができない生物を見たい」といった欲求が強く、それを満たしてくれるのが「水族館」だという風潮が強かったですね。カラフルな熱帯魚も人気がありました。

土肥: そうした時代が長く続いたのですか?

高井: 時代とともに人気の生物は変化していったのですが、昭和60年代にはテレビで動物番組がたくさん放映されていました。エリマキトカゲ、ウーパールーパー、ラッコなどが流行っていました。旧江ノ島水族館でもカナダのバンクーバー水族館で繁殖したラッコを展示したところ、ものすごく人気が出たんですよ。

 ラッコを展示したことで、来場者数は年間60万人ほどに回復しましたが、そのブームが一段落すると、再び来場者数が減少していき、リニューアル前の2003年には30万人ほどに。

土肥: 2004年にリニューアルオープンしたわけですが、その年の来場者数は?

高井: 180万人ほどですね。ラッコを展示した1985年の来場者数は60万人。旧施設の延床面積に比べて、新しい水族館は3倍になるので目標の来場者数は60万×3=180万人を掲げました。

土肥: 無事に、目標を達成することができたわけですね。展示スペースが3倍になったから、人も3倍になった……という理屈は分からなくもないのですが、それでしたらスペースが5倍になったら、来場者数も5倍になるという話はなんかおかしい(苦笑)。新しい水族館になって、お客が3倍に増えた理由は何だったのでしょうか? 世界に一匹しかいない魚を手に入れたとか?

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