戦前の1936年、「クールジャパン」よろしくこのスローガンを掲げて、日本製品や日本文化の売り込みを行ったことがある。東京・上野や岐阜ではズバリその名を冠した「躍進日本展」というイベントが開かれ、新聞、ラジオ、書籍でもくどいように「躍進日本」がリピートされた。一昔前、猫も杓子も「クールジャパン」と騒いだ狂騒と丸かぶりなのだ。
重なるのは外見だけではない。東京朝日新聞社が1938年に発行した『朝日時局読本 第8巻』に収められた「躍進日本・伸びる貿易」を読んでみると、「躍進日本」と「クールジャパン」の根底に流れる思想が驚くほど似ていることに気付くはずだ。
『昭和六年の満州事変勃発以来、日本の膨張的発展は世界の政治、経済、社会の各部面に一大渦紋を投じることになったが、(中略)世界の隅々まで氾濫した邦品の躍進は最も大きな波紋を描いたものの一つである。世界貿易額に於いて占むる割合こそ僅少三・五パーセント前後に過ぎないが、小よく大を制し、「驚異的廉価」を武器とするメイド・イン・ジャパンの進軍には欧米の老大国も次第に後退を余儀なくされ、「日本品恐るべし」との聲は世界を嵐の如く席巻したのである』(124ページ)
客観的に「数字」を見れば、とても世界の隅々まで氾濫したとは言い難いにもかかわらず、「世界を席巻!」と自画自賛。「日本製品は世界で愛されている」と根拠のない自信で、マレーシアに現地の物価とかけ離れた超高級百貨店をオープンさせて大赤字を垂れ流した「クールジャパン機構」の発想とまるっきり同じではないか。
そいうことを口にすると、「日本がスゴいのは事実なんだからそれを誇ってなにが悪い! この反日ヤローめ!」という罵詈雑言が浴びせられるので、一応断っておくと、筆者は「自画自賛」が罪だなどと言っているわけではない。
さまざまな国や民族で程度の違いはあれど、「自画自賛」はある。国家や民族のアイデンティティやプライドに直結する不可欠な要素だからだ。日本人が日本を世界一素晴らしい国だと思うことはまったく問題ない、というか思うべきだ。
ただ、日本人はそのような「自画自賛」をひとりひとりが胸にしまっておくことで満足せず、ちょっと気を抜くと集団のスローガンにして、他国や他文化にも押し付けようとする。その傲慢(ごうまん)さが客観的な視点を奪った結果、プロジェクトを惨敗へと導くと申し上げているのだ。
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