塚本さんは竹島水族館の採用試験に一度落ちている。専門学校卒業後は、第二志望だった名古屋市内のペットショップに就職。仕事にはやりがいを見いだしていたが、名古屋という都会の暮らしに馴染めなかったことに加え、入社半年後には会社の経営が傾いて正社員からアルバイトに変更されてしまう。
このまま名古屋で働き続けられるのかと悩んでいたときに、小林さんから電話があった。水族館のスタッフに空きが出たので戻ってこないか、という誘いだ。渡りに船である。2014年のことだった。翌年にはカピバラが竹島水族館にやってくることが決まっており、小林さんは塚本さんがその担当に向いていると直感したのかもしれない。
「カピバラショーもやってね、といわれてびっくりしました。トレーニングの方法すら知らないのに……。小林さんはおたる動物園(北海道小樽市)がやっているペンギンショーをイメージしていたようです。YouTubeで動画を探して必死で研究しました」
竹島水族館にやってきたカピバラは2匹。オスの「たいよう」とメスの「そら」だ。塚本さんは研究の末に約10分間のショーを考案した。筆者が見学した日は、比較的動いてくれるというそらが当番だった。
まずはごはんタイム。カピバラをお客さんの近くにエサで誘導し、食事する様子を見てもらう。触ることはできないが、毛並みがはっきり分かるほどの至近距離でカピバラを観察できる。子どもを座らせて記念撮影をする大人もいる。
次は種目に入る。塚本さんの股をくぐる「トンネル」に続き、右前足でのお手、左前足でのおかわりを披露。げっ歯類のカピバラでもお手ができることに少し驚く。トレーニングの成果だろう。
ここで雑学タイム。塚本さんはカピバラの特徴や習性を簡単に説明し、子どもたちにクイズを出す。この日は「カピバラは本気になると時速何キロで走れるのか」がお題だ。
すぐに手を挙げて、「159キロ!」と叫んだ男の子がいた。それではチーターの最高速度をはるかに上回ってしまう。塚本さんは笑わずに優しげな表情で「ちょっと違う」と宣告。和やかなやりとりである。
「最近、ようやくお客さんの反応を楽しめるようになってきました。今日のように面白い子がいると助かります」
雑学タイムが終わると後半の種目を演じる。塚本さんの手の動きに従って、そらは時計回りと反時計回りに動く「回転」をこなす。そして、フィナーレは後ろ足だけでの直立である。
「僕が手を上に上げるとカピバラが立つように訓練してあります。でも、クイズを出すときに子どもたちに向かって手を上げると、カピバラは勘違いをして立ってしまうんです。仕方ないので、『それは最後の種目だよ。今やったらダメ』と言って笑いを取るようにしています」
人間の思い通りにはいかないカピバラと一生懸命だけどマイペースな塚本さん。その組み合わせがアットホームな竹島水族館にはぴったりと合っている。
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