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» 2018年10月31日 09時00分 公開

パーフェクトウーマン 女性が拓く新時代:両親亡くした一人娘の挑戦 元ラジオDJが「自己破産」覚悟でめっき会社社長に (2/6)

[大宮冬洋,ITmedia]

今が私にとっての人生の勝負時。はっきり感じた瞬間

――1999年、31歳のときに米国から帰国して、すぐに会社を継いで立て直そうと思ったのでしょうか。

 違います。埼玉の工場に行ったこともなかった私が守りたかったのは、会社ではなく東京の実家です。

 20歳のときに母を、23歳のときに父を亡くした経験は一人っ子の私にとって衝撃的なものでした。親戚づきあいが密な家ではなかったので、いろんな思い出が残る実家だけが私の故郷だったのです。

 でも、会社をどうするのかを税理士と弁護士の先生方と相談するために工場に何度も足を運ぶうちに、「この会社を守りたい。守らないといけない」という気持ちが芽生えるのを感じました。48人(当時の従業員数)の社員たちに会うたびに、その後ろにいる家族の姿も見えたからです。会社がなくなったら路頭に迷ってしまうかもしれません。社員がいてくれて会社があったからこそ、私は学校に行かせてもらえたことに思いをはせました。

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――会社経営だけでなく、組織人としての経験すらない伊藤さんが、赤字続きの工場を一人で経営する決断ができたのはなぜでしょうか。

 再建してくれる人が他にいれば問題なかったのですが、明らかに破綻すると分かっているような会社を引き受ける人はいません。優秀な人ほど選ばない案件でしょう。

 私には会社を立て直す自信などはありませんでした。でも、この会社を守りたいという気持ちだけは他の人に負けません。できるかできないかではなく、やってみないといけないと思いました。

 具体的なリスクとしては10億円を個人保証しなければなりません。幸か不幸か両親は金銭的な財産を私に何も残しませんでした。独身だった私には何も守るものがなく、最悪の場合は自己破産をすれば命だけは残ることが分かりました。ならば勝負するしかありません。

 人生には勝負時があります。するべき勝負をしたうえで痛い目に遭ったとしても、自分の人生にとってプラスになるはずです。「私にとっての勝負時は今だ」とはっきり感じました。

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