#SHIFT

働き方改革は「平成の戦艦大和」になるのか平成日本の最期(2/7 ページ)

» 2019年03月29日 06時00分 公開
[與那覇潤ITmedia]

高プロの年収基準はやがて緩和する?

 4月に高プロの対象となるのはアナリストや研究開発など一部の職種に限られ、年収が1075万円以上という基準もあるため、ごく少人数にすぎません。しかし反対派の多くが指摘したように、この年収基準は法律でなく省令で定めるため、遠からず下がる可能性は高いと思います。

 私自身、大学の研究者としては年収600万円くらいで「高プロ」していましたし、小中高の教員はもっと低い給与で「高プロ」して(させられて)いるはずなので、世論を説得する上で最強の「現に実例がある」という論拠をもってすれば、正規雇用者が年収300万円台から「高プロ」になる未来も、必ずしも絵空事とはいえません。

 大日本帝国の最末期、時代にあわない艦隊決戦に固執した結果、沖縄の海に沈むことを宿命づけられた状態での戦艦大和の船出。平成日本の終焉(しゅうえん)に際してもまた、本来あるべき労使関係の改革なきままの「見切り発車」によって、将来は正規雇用者のほとんどが「定額働かせ放題」になるかもしれない制度が始まってゆく。ひとつの時代が終わるとは、こういう形でしかありえないのかとの感を、歴史学者だったものとして強く持ちます。

アベノミクスとはなんだったのか

 高プロは、第一次安倍政権(06〜07年)で検討された「ホワイトカラー・エグゼンプション」を提出しなおしたものであり、その点では安倍晋三首相の肝いりです。平成が終わるいま、こうした目で現政権の政策をふり返ることには意味があるでしょう。

photo 日本型雇用の「収容範囲」を広げることが、アベノミクスのコアにある発想だった(安倍晋三 総裁選特設サイトより)

 黒田東彦日銀総裁の就任から1年後の14年3月、ある企業人向けの研究会から「アベノミクスの当否を討論するのでコメンテーターをしてほしい」と頼まれたことがあります。賛成派は証券会社のアナリスト、反対派はエコノミスト出身の学者でした。当時のメディアは圧倒的に「アベノミクス歓迎」で、当日も反対派に元気がなかったのを覚えています。

 自分の専門ではない話を聞くとき、私は意見をいう前に「つまり、こういうことですか?」と尋ねることにしています。印象深かったのは「アベノミクスとは、日本型雇用を継続している『大企業の収容範囲』を拡大していく政策なんですね」とうかがったところ、賛否両派ともに同意していただけたことでした。

 大企業の収容範囲を拡大するとはどういうことでしょうか。直前の民主党・野田佳彦政権の末期(12年12月)に1ドル=84円台の「超円高」を記録していたため、アベノミクスが実質的な「円安誘導」であることは、当時から明白でした(結果的に、15年のピーク時には1ドル=125円台まで相場を戻します)。円安になれば、トヨタ自動車のような輸出型の大規模製造業の経営が楽になる。そうした超・大手企業が採用枠を拡大すれば、これまでのように「企業(勤め先)に暮らしを守ってもらえる」人の数が増える。その恩恵が取引先や下請企業にも順々に及べば、社会保障や雇用慣行そのものを転換する大改革なしでも、十分みんなが暮らせる国になる。

 この意味でアベノミクスは、長期的に続いてきた慣行を重視する「保守主義」の経済政策として、それなりに一貫しています。生活保障は国からの福祉ではなく、企業への長期勤続を通じて得るべきである。したがって国の経済政策としては、「古きよき日本型正社員雇用」の伝統を守っている大企業を優遇し、人口のうちそこに入れる割合を高めていくことで、結果的に国民全体の暮らしを守るという発想だからです。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.