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» 2019年11月29日 06時00分 公開

「最強の組織」が陥った罠:ワタミは本当に「ホワイト化」したのか? 「ブラック企業批判」を否定し続けてきた“黒歴史”を振り返る (3/4)

[新田龍,ITmedia]

ワタミだけが「ブラック企業」として名を轟かせ続ける理由

 1企業に対して何らかのネガティブな評判が立っても、また新たなニュースが入れば通常は忘れ去られるものだ。しかしワタミにおいては、08年ごろから現在に至るまで、10年以上にわたって「ブラック企業の代名詞」的な扱いを受けてしまっている。もっと悪質な法律違反や、不幸にも過労死が起きてしまった企業がその後も多数報道されているにも関わらず、だ。その構造は、ワタミという会社が急成長し、渡邉が広く知られる著名人となったという一見名誉なことに起因する。

「最強の組織」だからこそブラック企業になったワタミ(出所:ゲッティイメージズ)

 ワタミは短期間で急成長し、渡邉が創業時に公言した目標通り、創業10年での株式公開を成し遂げ、13年時点では全都道府県へ出店していた。全国的にも認知度が高く、当然ながら相応に幅広い世代が店舗を利用したり、少なくとも看板を目にしたりする機会は多かっただろう。それだけの“共通言語”があったがゆえに、話題となり、噂も広がりやすくなってしまったのだ。これが名前も知らない地方の1企業なら、いくらニュースで報道されても「何それ? 知らない」で済まされていたはずだ。

 同時に渡邉はメディア出演機会も多く、多くの人が名前を知り、顔を思い浮かべることができる状態であった。実際、過労自殺事件が起こって同社のブラック的な面が大々的に報道される前まで、渡邉は実業界や起業を目指す若者の間では「一代で外食・介護大手のワタミグループを築き上げた立志伝中の人物」であり、「発展途上国の子どもたちへの教育支援活動を熱心に行う篤志家」としてポジティブに認識されていた。日本経団連理事、教育再生会議委員、そして参議院議員まで歴任し、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍していた。

 そのようにポジティブなイメージだったところから、急転直下でネガティブに落ちていくという展開だったことでメディアでは衝撃的なスキャンダルとして大々的に扱われ、人々の記憶にも残りやすくなった、という面も大きい。しかも、ブラック企業批判が高まった10年ごろから渡邉は政治家=公人として活動をし始めており、メディアも遠慮なく実名で批判できたという背景も重なっていた。

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