“辺境の密造酒”スコッチ・ウイスキーが世界を制した訳――「資本主義の酒」の歴史的マーケティング「伝統とこだわり」をどう確立したのか(2/7 ページ)

» 2019年12月27日 08時00分 公開
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そもそも「ウイスキー」とは何か?

 お酒は大きく3つのカテゴリー、「醸造酒」「蒸留酒」「混成酒」に分類されます。

 このうち最も歴史が古いのは醸造酒で、糖分を含んだ液体を酵母で発酵させたものです。例えば果物のジュースを発酵させればワインやシードル、麦汁を発酵させればビール、米を発酵させれば日本酒になります。

 ところでアルコールには、水よりも沸点が低い(※1気圧下で約78.3℃)という特徴があります。従って上記の醸造酒を加熱すると、水分よりも先にアルコールの蒸気が発生します。この蒸気を集めて冷やし、再び液体に戻すと、より濃度の高いお酒になります。この「加熱によってアルコール分を濃縮する工程」を「蒸留」と呼び、この工程を経たお酒を「蒸留酒」と呼びます。

 簡単に言えば、ウイスキーとは、ビールを蒸留して樽熟成したお酒です[5]。ただし原料には穀物全般が使われます。麦芽(モルト)のみを用いたものを「モルトウイスキー」、トウモロコシや小麦などの雑穀を用いたものをスコットランドでは「グレーンウイスキー」と呼びます。また、樽に詰めて長期間の熟成を行うことも重要な特徴です。ウイスキーが琥珀色に色づくのは、樽に使われている木材の成分が染み出すからです。

 読者の中には「麦焼酎のなかには樽熟成させた製品もある。あれもウイスキーなのか?」と疑問を抱く方もおられるでしょう。広義には、あれらもウイスキーと呼べるかもしれません。しかし一般的には、ウイスキーは麦汁を糖化させる工程で麦芽由来の酵素を用いるのに対し、焼酎では麹(こうじ)菌由来の酵素を用いるという違いがあります。

photo ラフロイグ蒸留所のもろみ(※蒸留前の液体)。本文では「ビール」と書いたが、実際には市販されているビールよりもずっとクセの強い味がする。おそらく近代の工業化以前の世界で飲まれていたビールはこんな味だったのではないか、という印象を著者は抱いた(英アイラ島、著者撮影)

 最後に混成酒ですが、これは醸造酒と蒸留酒を混ぜて作るもので、例えば調味料のみりんが該当します。また、果物やシロップなどで味付けを行ったものも混成酒に含まれます。身近な例では、梅酒、お屠蘇(とそ)、缶チューハイやカクテルも混成酒です。

「スコッチ先史時代」の酒とは?

 ウイスキーの歴史は(スコットランドよりも)アイルランドのほうが古く、1172年には現地の人々が「ウスケボー」という蒸留酒を飲んでいたという記録があります[6]。これは現地の言葉で「命の水」を意味する単語でした。

 スコットランドでは1494年の文献が最古のもので、当時の政府がリンドーズ修道院の修道僧に「アクア・ヴァイティ」を作るための麦芽を与えたという記録が残っています[7]。こちらもラテン語で「命の水」を意味する単語であり、おそらくはアイルランドから製法が伝わったことがうかがえます。ウイスキーの前身となるこれらの蒸留酒は、当時は医薬品として飲まれていたようです。

 続く16世紀には技術の改良が進み、効率的に味のよい蒸留酒を造ることが可能になりました。スコットランドで「アクア・ヴァイティ」がお酒として楽しまれるようになったのは、16世紀半ば以降だと言われています[8]。この時期はヘンリー8世がバチカンと決別し、英国国教会を設立した時代でもあります。このとき、イングランドの影響下だったアイルランドでもカトリックの修道院が解体され、蒸留技術が民間に流出したとされています[9]。スコットランドでの蒸留技術改良と何らかの関係があるかもしれません。

 冒頭で書いた通り、「かつてウイスキーは密造酒だった」という話を耳にしたことがある方も多いでしょう。その歴史は1505年、エジンバラの外科床屋組合がアクア・ヴァイティの製造独占権を得たときに始まりました[10]。

 他人の体に刃物を当てる職業ということで、当時は外科医が床屋も兼ねていました。医者だったからこそ、医薬品であるアクア・ヴァイティの製造を独占できたのです。しかし1550年代になると、独占権侵害の訴訟が当たり前になっていました。要するに、許可を得ずに作っている――密造している人がたくさんいたわけです。

 さらに1644年、スコットランド議会は蒸留酒への課税を決定しました[11]。

 ここから、税金を取りたい政府と、密造業者との長いいたちごっこが始まります。

 ウイスキーの名誉のために言うと、現代日本人の感覚を、当時の「密造」に当てはめるべきではないでしょう。私たちの「密造」という言葉に対する感覚は、禁酒法時代(1920〜1933年)のアメリカでマフィアの資金源になっていたというイメージに強く影響されています。しかし16世紀のスコットランドにおけるそれは、もっと素朴だったはずです。

 というのも、お酒を作ること自体は比較的簡単だからです。

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