1億6000万円の新薬「ゾルゲンスマ」に異例の苦言がついた理由専門家のイロメガネ(2/4 ページ)

» 2020年06月18日 07時00分 公開
[松本華哉ITmedia]

 そんな高い薬が使われたら、多額の税金や保険料が必要になるのではないか? と心配する人もいるかもしれない。ゾルゲンスマを使うとされる患者は、1年あたり25人程度だ。年間総額は1億6000万円✕25人の約40億円となる。これを生産年齢人口(15歳〜64歳)7500万人で負担したとすると、40億円÷7500万円で、働く大人1人あたり53円となる。

 53円とはどのくらいの数字だろうか。例えば高血圧の薬で売り上げ1位の「アジルバ」と比較してみると、20年度売り上げ見込み780億円を7500万人で負担した場合、働く大人1人あたり、1040円となり、桁違いだ。アジルバは20ミリグラム錠が140円くらいだが、たくさんの人が毎日、長期間飲む薬であるから、これだけ高い売り上げになっている。

 筆者は国の財政等について専門外ではあるが、ゾルゲンスマの利用者はごく一部で、全体の規模で考えれば、賛否は別としてこの薬で医療費が極端に増えるほどの影響はないと思われる。

 それにしても1人にかける薬代として高すぎるのでは? どんなに高い薬でも、保険適用されるのか? という疑問を持つ人もいるかもしれないが、筆者が確認した限り、価格の高さだけを理由に保険適用の可否は決まらないようだ。

 国の基本的な考え方として、「これまでは、国民皆保険の下、有効性や安全性が確認された医療であって、必要かつ適切なものは保険適用する」とある。治療にかかる費用と効果のバランス、要するに費用対効果(コストパフォーマンス)の考え方を保険適用に取り入れるかどうかについては、賛否が分かれる形で議論されている最中だ。以下は主な議論の内容だ。

  • 高額だが非常によく効く薬は裕福な人しか使えないのは、公的保険の意味がないから保険適用すべき。 ただ、財政の面から、その分、症状の軽い方に使う薬等については少し保険適用から外す等厳しくすることでバランスをとることが必要。
  • 費用対効果で評価する前に、まずは結果検証等を十分に行うことが先。保険収載の可否に用いるかどうかはその後で検討すべき。
  • 有効性、安全性がきちんと確認された医薬品で、必要かつ適切なものが保険適用されることは、医療の質向上に結びつく。それを予算の制約や経済財政により保険適用外にすべきでない。

※「新規医薬品等の保険収載の考え方について」 厚生労働省保険局 2018年10月10日

 また薬には定期的な値段の見直しがある。ほとんどの場合、少しずつ薬の値段は安くなっていく。例えば、「オプジーボ」というがんの薬は、発売時の72万円から、現在は17万円と、7割も安くなっている。

 ゾルゲンスマの最も大きな特徴といえるのが、投与が点滴1回で済むことだ。従来のスピンラザは、数年にわたって何度も投与が必要な上、「腰椎穿刺(ようついせんし)」といって背中から骨髄腔内へ針を刺す、なんとも痛々しく恐怖を感じる方法が必要だった。

 乳児型脊髄性筋萎縮症の患者は主に0歳〜2歳だ。ゾルゲンスマの使用によって腰椎穿刺を何度もしないで済むことで、本人は当然、保護者の精神的負担や医師の負担も軽くなる。

【訂正:6月19日 初出でスピンラザの投与方法が誤っておりました。訂正し、お詫びいたします。】

 ゾルゲンスマのこのような点が特に優れているとされ、「有用性加算」という50%増しの価格になった。元の値段が高いため、50%というと相当な値段になるが、幼くして死亡する可能性がある患者の命が、たった1回の点滴で救われると考えると、この上乗せには納得感がある。

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