1億6000万円の新薬「ゾルゲンスマ」に異例の苦言がついた理由専門家のイロメガネ(4/4 ページ)

» 2020年06月18日 07時00分 公開
[松本華哉ITmedia]
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製薬会社の多忙な現場と繰り返されたデータ操作

 スケジュール遅れの背景の1つは、製薬会社の多忙さがあると思われる。筆者は製薬会社と共に10年以上仕事をしてきたが、どこの製薬会社でも担当者は非常に多忙であり、想像以上に少ない人数で業務に対応していた。

 製薬会社は複数の薬を開発・販売しており、開発中の薬の承認申請、市販後の薬に関する報告など、複数の薬でスケジュールが重なることも十分にあり得る。早く薬を世に出したい気持ちがあったとしても、担当者の人数が限られた中で定められたスケジュールどおりに動くことは難しい。

 気になるのは今回の審査報告書内に、動物実験の結果の一部でノバルティス子会社によるデータ操作があったという記載があることだ。ゾルゲンスマが効果的な薬であるとの結論を覆すような内容ではなかったとされているが、薬のデータ操作と聞くと筆者は14年の「ディオバン論文不正事件」を思い出してしまう。

 高血圧の薬ディオバンの研究論文に不正があったとされ、薬事法の誇大広告違反容疑でノバルティス社と元社員が起訴された事件だ。裁判では、元社員の関与とデータ改ざん行為を認めたものの、一審、二審とも無罪となっている。信頼回復に向けての取り組みのなか、改めて社内体制の強化も求められる。

ノバルティスがWebに掲載している「信頼回復にむけて」

この薬を待つ患者がいる

 ゾルゲンスマは保険適用となったことと、高額療養費制度や乳幼児の医療費助成により、実際の患者の自己負担はほとんど発生しない。しかし、ゾルゲンスマの投与は2歳未満までとされている。承認までのスケジュールが遅れている間に病状が悪化したり2歳の誕生日を迎えた患者もいるはずで、保護者の心情を察するに余りある。

 ゾルゲンスマを一刻も早くと切望する患者家族がいる。医薬品の開発業界に携わる者として、「この薬を待つ患者がいる」ということを忘れないでいたい。期限を守ること、正直であることは、患者の人生の明暗を分けることすらあるのだ。

執筆者 松本華哉 薬剤師

2002年、名古屋市立大学薬学部卒業、薬剤師免許取得。2004年、名古屋市立大学大学院薬学研究科 博士前期課程修了。有機化学合成、創薬研究に従事。

総合病院の門前薬局勤務を経て、大手医薬品開発受託機関であるイーピーエス株式会社に12年勤務。医薬品の市販後調査に携わる。その後メディカルライティングにも従事。主に、市販後医薬品に関わる厚生労働省への提出文書の執筆。現在は、製薬業界に特化したコンサルティングベンチャー企業に勤務しながら、ライフワークとして、コーチングの活動も行っている。 

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