「急行電車の混雑」「エスカレーター歩行」はなぜ生まれるか リニアの必要性と“移動”の意味杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/6 ページ)

» 2020年08月07日 07時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]

移動の価値が上がれば「リニア中央新幹線」が必要になる

 「移動しない」という選択肢が現れたため、リニア中央新幹線の世間の見方も変わりつつあるようだ。「そもそもリニア中央新幹線は必要か」という意見は、リニア計画について報じられるたびに現れた。そして今回は移動自粛、リモートワークの進展が後押しをしている。しかし、これは短絡的すぎる。目に見える分かりやすい事象を並べて組み立てれば説得力はある。しかし、その考え方は一方的で本質を見間違える。

 世の中には「移動が必要」という場面があり、それはなくならない。ビジネスの場面でいえば、高額な取引契約、損害に対する謝罪、会社の命運を分けるような場面は、リモートでは済まない。「移動しないでたいていの用事が済む」という社会では、対面するという価値が高く評価されるだろう。

 特に今後、リモートワークが発達すればするほど、VIPのなりすまし犯罪は増える。例えば沖電気が「POLLUXSTAR」として開発し、現在は「ヒューマンテクノシステム」が販売する「ボイスター」は、本来は「手術などで声を失う人向け」の善意で作られたシステムだ。しかし、悪用すればなりすまし可能になる。オレオレ詐欺が本人の声で実行される恐れがある。

ボイスターは自分の声をサンプリングしたのち、テキスト入力した言葉を発声する(出典:ヒューマンテクノシステム

 また、ソニー木原研究所が開発し、現在はモーションポートレート社が手掛ける「Motion Portrait」は、本人の写真をもとに、本人そっくりの表情を合成する。この2つを組み合わせれば、オンライン上でVIPと同じ顔、同じ声の人物が再現できる。もはやビデオ通話も信用できない。この両者には本人認証の厳しいセキュリティ管理が必要だ。

モーションポートレートのデモ画面。ゲームキャラクターの表情表現などに応用できる(出典:モーションポートレート

 筆者はIT方面も取材していた頃、間を置かずに2つの技術を別々に取材し、どちらも試させてもらった。感動すると同時に恐ろしくなった。私の声で私の意思に反したことを語るし、画面の中にもうひとりの私がいて、私に向かってにっこりと微笑んだ。

 今後、組織にとって重要な地位・業務になるほど「本人が現地に存在すること」が重要になる。「移動しない」という選択肢は重要度の低い仕事であり、重要が高くなるほど「移動時間を短くする」が必要になる。あなたがリニア中央新幹線に乗りたくないとしても、会社にとってあなたがVIPであればリニアに乗せる。なぜなら、あなたの移動は必要であり、移動時間は無駄だからだ。

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