中垣氏は『パーフェクトブルー』の世界での成功の理由を3つ挙げている。「作品のパワーが非常に強かったこと」「国内外の関係者や著名人の協力」「レックスエンタテイメントの海外に対する熱意」である。
作品の素晴らしさは言うまでもない。『パーフェクトブルー』は現在でも、その斬新な表現に驚かされる。それが映画祭や著名な監督の心をつかみ、作品紹介に積極的になったことは理解できる。観客が熱狂したのも納得だ。
ただ、それだけでは前宣伝がない中で映画祭の上映にここまで観客が集まった理由は説明できない。実は、既にこの頃ヤングアダルト向けの日本アニメが注目を浴びつつあったことに関係しているのではないだろうか。
1989年には既に、米国公開、世界配給された大友克洋原作の『AKIRA』が海外で大きな名声を獲得している。95年には押井守監督『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』がさらにこのジャンルの熱を高めた。今 敏が大友克洋のアシスタントをしていたことや、『MEMORIES』の主要スタッフであった事実は映像ファンの関心をかき立てるのに十分であったに違いない。
もう1つは制作会社のマッドハウスの存在だ。マッドハウスはやはり北米でカルト的な人気を誇ったアニメ『獣兵衛忍風帖』のアニメーション制作会社であった。『幻魔大戦』や『妖獣都市』などの傑作もあり、日本を代表する先鋭的なスタジオと認識されていた。カッティングエッジな日本アニメ作品群の最新作として『パーフェクトブルー』が受け取られたわけだ。
今では日本アニメのプレミアを海外で行うケースは珍しくない。しかし当時は日本の劇場アニメを海外先行上映することは珍しく、このプレミア感が映像ファンの関心に火をつけたのでないだろうか。
『パーフェクトブルー』での評価は高かったが、この時点で今 敏の評価は熱心な映像関係者・ファンの一部にとどまっていた。認知がさらに高まるには、2002年の『千年女優』、03年の『東京ゴッドファザーズ』を待つ。ここで再び映画監督として作品発表したことが意味を持った。
『千年女優』は伝説の大女優のインタビューに訪れたスタッフが、やがてその女優の過去と出演した映画が交差する虚構の世界で彼女の一代記を体験する複雑な構成になっている。今 敏の得意とする現実と虚構が入り乱れたストーリーであると同時に、さまざまな名作映画へのオマージュが込められている。
『東京ゴッドファザーズ』は今 敏としては珍しくファンタジー要素がない。クリスマスイブに赤ん坊を拾った3人のホームレスを巡るストーリーだ。リアルな演出で知られる今 敏作品のなかでも最も現実世界に近い。
『パーフェクトブルー』の海外上映は多かったが、映画祭などでの受賞は少ない。理由は簡単だ。1997年の時点で、長編アニメーションのジャンル自体が映画業界では世界的に確立していなかった。米国アカデミー賞が長編アニメーション部門を設けるのは2001年、アヌシー国際アニメーション映画祭も短編が中心で、長編部門はエントリーも候補作も少なくおまけ的な位置付けだった。
長編アニメーションを評価するシステムがない中で、大人向けの長編アニメーションは衝撃だったのである。
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