『千年女優』の今 敏監督作品が世界で「千年生き続ける」理由――没後10年に捧ぐジャーナリスト数土直志 激動のアニメビジネスを斬る(5/7 ページ)

» 2020年08月24日 08時00分 公開
[数土直志ITmedia]

苦労続いた『千年女優』配給

 両作のプロデュースを手掛けたジェンコ(東京・港)代表取締役の真木太郎氏は、ドリームワークスとのビジネスのきっかけは00年代初めの同社担当者の来日にあったと話す。日本訪問は、当時盛り上がりを見せていた日本アニメとのビジネスの可能性を探るものだった。

 ドリームワークスは日本のスタジオをいくつか回ったが、アニメビジネスの主体がビデオメーカーの時代にアニメ制作スタジオとの話では具体的な案件になかなか結び付かなかった。

 最後に映画・アニメの企画会社ジェンコにたどり着いた。そこで真木氏が制作途中の『千年女優』の絵コンテを見せたところ、ドリームワークスが大きな興味を示したのだ。作品が完成したところで、海外配給権を獲得することになった。

 ジェンコが、自らは配給を手掛けないビデオメーカーとは異なる独立系企画会社だったことも大きかっただろう。パッケージメインでなく劇場公開を前提としたビジネスを組めたからだ。

 それでも真木氏によれば、このビジネスは日本側にとっては決して良い条件ではなかった。世界配給権をドリームワークスが持つため、日本からは海外戦略について細かなハンドリングができない。

 ドリームワークスが決定した映画配給会社ゴー・フィッシュ・ピクチャーズは、良質の作品を小規模公開する目的で設立された。しかし同社の配給作品は『千年女優』のほかに押井守監督の『イノセンス』、紀里谷和明監督の実写映画『CASSHERN』と、4本のうち3本が日本映画で、2007年に配給レーベルは終了する。ドリームワークス本体も経営方針の変更により映画配給から撤退し、製作にフォーカスする。

 この結果、『千年女優』は海外で積極的なプロモーションが行われなかった。しかしドリームワークスとの契約が切れた後『千年女優』は2019年に北米でリバイバル上映され初公開時の6倍の22万5250ドルの興行収入を上げた。作品への関心が16年たっても衰えることがないことを示した。

 『千年女優』の劇場公開は国内でも苦労した。配給会社、公開日がなかなか決まらなかったのだ。結局02年9月14日にクロックワークス配給で公開されたが、米国公開とほぼ同時、01年のカナダでのワールドプレミアからは1年3カ月以上と長い期間が空いた。

 当時は現在のデジタル上映とは異なるフィルム上映で、今ほどアニメ映画の中小規模公開は機動的にできなかったのだ。オリジナル企画でヤングアダルト向けの作品が、スクリーンを確保するのは至難の技であった。

高評価だがビジネス苦戦した今 敏作品

 『東京ゴッドファザーズ』の配給は、日本のソニー・ピクチャーズエンタテインメントとなった。03年11月8日公開で、逆に『千年女優』から1年と短い期間になった。国内だけでなく海外配給もソニー・ピクチャーズが権利を獲得した。これは真木氏が既知の同社プロデューサー滝山正夫氏(現ソニー・ピクチャーズエンタテインメント代表取締役)に話を持ちかけたことで実現した。

 『千年女優』『東京ゴッドファザーズ』も含めて、今 敏作品は現在の評価の高さに比べてビジネス面は不遇であった。小規模公開であった『千年女優』『東京ゴッドファザーズ』は、共に当初はリクープ(製作投資資金の回収)が出来ず苦労したと真木氏は話す。

 長編1作目の『パーフェクトブルー』を手掛けたレックスエンタテイメントも、本作だけで映画ビジネスから撤退している。今 敏作品がしばしば限られた制作予算で苦労した理由でもある。

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