「不正をするな」から「正しいことをしよう」へ 従業員の意識を変えるエモーショナルコンプライアンスの基礎(前編)(1/2 ページ)

» 2021年01月07日 07時00分 公開
[BUSINESS LAWYERS]

本記事は、BUSINESS LAWYERS「「不正をするな」から「正しいことをしよう」へ 従業員マインドを変えるエモーショナルコンプライアンスの基礎(前編)」(増田英次弁護士/2020年12月7日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。

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 ビジネスを取り巻く環境がかつてない速度と規模で変化を続けるなか、いかにして企業は、従業員のコンプライアンス意識を醸成し、自社の競争力を高めていくべきでしょうか。本稿では、企業コンプライアンスに詳しい増田英次弁護士が、絶えず不祥事を繰り返してきた旧来型の管理支配型アプローチの問題点にメスを入れ、自律的発展成長型のアプローチである「エモーショナルコンプライアンス」への変換がもたらす従業員のマインドの変化と企業が享受する効果について2回にわたって解説します。

 前編では、従来型のコンプライアンスといえる「不正をするな! パラダイム」に欠けている5つの視点と、エモーショナルコンプライアンスの考え方を概説していきます。

1.昨今の企業コンプライアンスは本当に機能しているか

 「コンプライアンス」という言葉や概念は、今や随分と世の中に浸透しています。ビジネスパーソンはもちろんのこと、一般の人ですらこの言葉を知らない人はいないでしょう。

 企業においては、新人研修から始まって役員研修に至るまで、これでもか……というほどのコンプライアンス研修が組み込まれ、弁護士やコンサルタントが、役職員へ法的知識を詰め込んでいきます。また、この知識習得の過程においては、コロナ禍で集合研修がままならないこともあって、従来以上にe-ラーニングが多用されるようになっています。

 ただ、その一方で、いわゆる“大企業”の不祥事はまったく減る兆しが見られません。むしろ、不祥事の規模は大きくなり、かつてはあり得なかったような悪質な不祥事も頻発する状況が生じています。

 研修をいくらしても、一向に不祥事は減らない。これが、コンプライアンスの偽らざる現状と言って良いでしょう。

 では、その原因はどこにあるのでしょうか?

2.従来型のコンプライアンス体制および研修の問題点

2-1.「不正をするな!」パラダイムに欠けている視点その1 − 変化を嫌う体質

 まず、最も大きな問題として指摘しておかなければならないのは、世の中の動きがこの十数年で激変したにもかかわらず、大きな不祥事を起こす企業の体質や在り方は、以前とほぼ変わっていないという点です。

 私たちは、現在、「VUCA(ブーカ)」の時代の最前線に突入しています。

 VUCAとは、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をつなぎあわせた造語ですが、私たちが生きているこの数年は、これら4つの要因が非常に高まった社会環境にあり、先を見通すのがかつてないほど難しくなっています。今般のコロナ騒動はその典型といえるでしょう。

 このようなVUCAの世界においては、今まで当然とされてきたことが、ある日突然当然ではなくなってしまい、どちらに行って何をすればいいのかがまるで分からなくなってしまいます。そういう先が非常に見えにくい社会にわれわれは生きているのです。

 こうやって世界が変わってしまったなかでは、当然ビジネスも変わっていかなければならず、そのビジネスを支えるコンプライアンス、ひいてはわれわれ一人一人の行動も変わっていかなければなりません。

 ところが、不祥事を犯す伝統的な企業では相変わらず「変化を嫌う」マインドが随所にみられ、コンプライアンスへのアプローチを現状維持と思考停止から「静的」にしかとらえず、「動的」に捉えるという視点が抜け落ちているケースが散見されます。

 例えば、金融機関においては、これまで金融庁がある指針を出せば、それに従って行けばいいという時代が長く続いてきました。いわゆる護送船団方式です。しかし、時代は2000年前後から大きく変わり、金融庁は、さらに数年前から「ルールベースからプリンシプルベース」にかじを切り、ついには、法令違反でないような行為にも行政処分を下すようになったため、今では金融庁の指針に従ってPDCAを回すというだけでは全く通用できない事態になっています。

 しかしながら、多くの金融機関では、現在も「プリンシプルベース」「コンダクトリスク」「フィデューシャリー・デューティー」という「横文字」言葉が独り歩きしているだけで、相変わらず思考停止と現状維持マインドを前提にPDCAの波に「溺れて」います。

 その結果、一番肝心なところが抜けてしまい、ドコモ口座不正送金(出金)事件(※1)のように、不正出金が多くの金融機関で起きてしまうのです。

(※1)日本経済新聞「七十七、「ドコモ口座」使った同行口座の不正利用を発表」(2020年9月7日、2020年10月29日最終閲覧)。BUSINESS LAWYERSでは同事案について下記記事でも解説を紹介している。「「ドコモ口座」不正出金の問題点と求められる本人確認方法 法的観点も念頭に南知果弁護士が解説」(2020年10月5日公開、10月9日更新)

 「部分だけが異様にち密になりすぎて、全体的視野が欠け、問題点の見落としをかえって増やしている……」

 変化に対応できない結果、時代の流れに則さない、盲点だらけのコンプライアンス体制を「懸命に」作っているのが現状ということすらできるでしょう。

 このような従来型のコンプライアンス(体制)を、私は、「不正をするな! パラダイム」と呼んでいます。

2-2.「不正をするな! パラダイム」に欠けている視点その2 − 知識偏重

 この「不正をするな! パラダイム」の特徴は、(1)知識偏重、(2)未来ではなく、自社および同業他社の違反例を繰り返さないことがもっぱら行動指針となる過去志向、(3)厳罰という「恐怖でコントロールする」体制にあります。そして、何よりもコンプライアンスは、(4)ネガティブで、(5)つまらない、人の心を打たない、(6)ビジネスに「対峙する存在」であるということができるでしょう。

 なかでも知識偏重で、実際の行動が伴わないことに光を当てない点は、「不正をするな! パラダイム」の大きな問題ということができます。

 「分かっちゃいるけど実際には頭で理解していることと違うことを行ってしまう」ということは、問題や岐路にぶち当たったときの「対処法や思考方法そのもの」が体に染み込んでいないとうことでもあります。

 この問題は、行動倫理学上「限定された倫理性」といわれています

 関西電力事件(※2)を例に取ってみましょう。これほど原子力発電の是非が世の中で問われているなかで、電力会社として、未来の在り方を率先して示す必要が迫られているのに、一部の役員はもっぱら昔の慣習に従って外部の者と癒着をしていた(可能性がある)ことが近時大きく問題になっているのはご存じの通りです。

(※2)日本経済新聞「関電、20人が3.2億円受領 岩根社長は辞任否定」(2019年9月27日、2020年10月29日最終閲覧)

 旧態依然の行動で本当に良いのか? おそらく関係された当事者は全員悪い(少なくとも誇らしいことではない)と思っていたと推察しますが(でなければ問題外)、でも、実際の行動は変えられませんでした。

 しかし、このように、頭で分かっていても行動が伴わない、という深刻な問題は、何も関西電力の取締役だけに限ったことではなく、われわれ全員の問題・課題でもあり、「明日は我が身」にほかなりません。

 この「限定された倫理性」を乗り越えて行く道筋や鍛錬方法をわれわれは真剣に考えて、実践していかなければ、いつまでたってもコンプライアンスは根付かないことを十分に理解する必要があります

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