「不正をするな」から「正しいことをしよう」へ 従業員の意識を変えるエモーショナルコンプライアンスの基礎(前編)(2/2 ページ)

» 2021年01月07日 07時00分 公開
[BUSINESS LAWYERS]
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2-3.「不正をするな! パラダイム」に欠けている視点その3 − ゼロ・トレランス

 3つ目の「不正をするな! パラダイム」の問題点は、不正や不祥事が生じたあとの対処方法そのものにあります。

 通常不祥事が起きたときは、必ず再発防止策を練ります。

 ところが、これがなかなかうまく機能しません。なぜなら、現状のコンプライアンスの根底にある「とにかく絶対、二度と起こさせない」「今度不正をしたらタダではおかない」という、完璧を求めるモードが大きな障害となっているからです。

 研修は十分すぎるほど行っているのに、相変わらず不正はなくならない。だから、経営陣は混乱し、現場にさらなる締め付けを要求する。すると、現場にはますます負荷がかかって疲弊し、盲点や隙間が生じやすくなり、結果として、また不正が起きるという、とめどもない負のスパイラルが起きてしまっているのです。

 この「1つの失敗も許されないモード」をゼロ・トレランス(不寛容)といいます。

 別の言葉でいえば、減点主義、つまり、成功するのが当たり前で、成功しても加点はないが、1つでもミスがあれば許されず、(評価において)減点のみが幅を利かす制度ともいえるでしょう。硬直的な組織で発生する不祥事の背景には、必ずと言ってよいほど、このような風土が見られます。

2-4.「不正をするな! パラダイム」に欠けている視点その4 − プライベートと企業社会が断絶している

 4つ目の問題は、「不正をするな! パラダイム」では、私生活上の不祥事を減らせないにもかかわらず、単に会社という生活の一部にすぎない視点と「場」で一生懸命に解決の道を探ろうとしている点にあります。

 多くの企業では、役職員のプライベートな時間での不祥事に頭を悩ませていると思います。

 どれだけ会社でルールを厳格に作ったとしても、それが実際に守れるか、行動に移せるかどうかは別だということは述べましたが、会社でどれだけ立派なことを言っても、プライベートでの行動が大きく社会のルールから外れていると、コンプライアンスは「絵に描いた餅」になってしまうことは自明でしょう。

 典型的な例として、ゴーン氏の逃亡事件(※3)をあげることができます。有価証券報告書虚偽記載の成否については、議論のあるところですが、少なくとも逃亡事件は、どれだけ言い分があったとしてもおよそ許されるものではありません。

 近ごろ社会問題になっている、行き過ぎた誹謗中傷行為も同じです。

(※3)日本経済新聞「ゴーン元会長、無断出国か レバノンに入国」(2019年12月31日、2020年10月29日最終閲覧)

 従って、これからわれわれが考えていかなければいけないのは、会社とプライベートは別、というように、この2つを分離するのではなくて、両方を融合、統合して、より良いプライベートを作り、より良い会社の活動していく、この両者を同時に高めていく視点で物を捉えていくことなのです。

2-5.「不正をするな! パラダイム」に欠けている視点その5 − つまらない研修

 そして、最後の問題は、「研修」がつまらなすぎるうえに、効果が乏しいという点です。

これまでのような知識偏重型の研修では、頭では理解できていても、体に染み込んでいないため、実際には役に立たないことが少なくありません。

 コンプライアンスが体に染み込むことなんて、そもそも考えたことすらないのが現状でしょう。でも、スポーツ、芸術、料理、何でもそうですが、本だけ読んでも身に付かないのです。e-ラーニングを死ぬほどやっても、正しい行動はできません。

 さらに、研修は臨場感が低いため、学習効果をより一層減殺させています。

3.エモーショナルコンプラアンスの理論

 このような、「不正をするな! パラダイム」を乗り越えるために、私が従来より提唱しているのが「エモーショナルコンプライアンス」、略して「エモコン」です。

 エモーショナルコンプライアンスでは、「正しいことをしてスッキリとした」「誇りを持てた」「顧客の役に立ち、褒められてうれしかった」など、役職員の素直な気持ちを引き出すようにし、さらにこうしたプラスの感情を重んじ、旧来型の「不正をするな!」といった他律的な管理支配型のアプローチから、「正しいことをしよう!」という内発的動機に基づいた自律的発展成長型のアプローチへとコンプライアンスを変換します

 ビジネスを支える価値に劇的な変化が生じている以上、コンプライアンスにおいても、まったく新たな視点と発想の下で、しかも、単に法令を「順守」するだけではなく、法令の一歩も二歩も越えていくという姿勢を「自らが主体的に創り出していく」新たなマインドや世界観がどうしても必要になっています。そのためには、「うれしい」「誇らしい」というプラスやポジティブな情動をうまく利用して、内発的動機を中心に、かつ、それを引き出すゴールの設定を重視して、コンプライアンスを「やりがいのある」「ビジネスを支える不可欠のガイド」として捉える態勢を創造している必要があるのです。

 このエモコンは、最終的には、コンプライアンスの枠を超えて、「順守の強制」から「誇りある行動の推奨へ!」と新しいパラダイムにもつながっていきます。

photo (図)不正をするな! から正しいことをしよう!

 本稿では、従来型のコンプライアンスといえる「不正をするな! パラダイム」に欠けている5つの視点と、これらの課題を乗り越えるために有効なエモーショナルコンプライアンスの考え方を解説しました。後編では、エモーショナルコンプライアンスをビジネス現場に落とし込むための実践的な方法をご紹介します。

増田 英次弁護士 増田パートナーズ法律事務所

87年中央大学法学部卒業。90年弁護士登録。03年米国コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。06年ニューヨーク州弁護士登録。08年増田パートナーズ法律事務所設立。著書・論文『もうやめよう!その法令遵守』(フォレスト出版、2012)、『エモーショナルコンプライアンスの理論と実践』(BUSINESS LAW JOURNAL、2016年12月号〜2018年1月号)など多数

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