「悪質撮り鉄」は事業リスク、鉄道事業者はどうすればよいか杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/6 ページ)

» 2021年05月12日 08時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]

警備費用増大でイベント列車は不採算

 鉄道事業者が何のために列車を運行するか。乗客のためだ。通勤電車もイベント列車も同じだ。お客様を安全に目的地へ送り届ける義務がある。イベント列車であれば、お客様に楽しんでいただきたい。しかし、希少な車両が走れば撮り鉄はやってくる。「悪質な撮り鉄」はプラットホームで黄色い線を越える。騒ぐ。

 不法侵入、器物損壊事件も後を絶たない。沿線では線路用地に侵入する。沿線の私有地に立ち入り荒らす。しなの鉄道で沿線の桜の木が切られた。線路保守作業員の安全確保のために張られたロープを切る。4月9日には中央本線の八王子市内で私有地の木が切られた(NHK NEWS WEBの記事)。それは所有者にとって、亡父が植えた思い出が宿る木だったという。3月には勝手に水田に水を引いたという事件もあった。水鏡といって、列車が水面に逆さに移る風景を撮るためだ。前日夜から開栓したというから計画的犯行だ。

 これらの犯罪は発覚次第、逮捕すべきだ。しかし駅構内はともかく、沿線の広範囲で起きる犯罪については犯人特定が難しい。だが沿線の住民からは被害が寄せられる。冷静に考えれば加害者と被害者の関係であれ鉄道事業者の非はないけれども、遠因としては「珍しい列車を走らせるからだ」となるわけで、沿線の人々は怒る。これも、鉄道事業者の責任が問われる。「沿線の被害が予見されたにもかかわらず対策を怠った」である。

 対策となれば社員や警備員を派遣し、定点または巡回で警備していくしかない。警備会社のWebサイトで料金を見ていくと「雑踏警備」が日勤で1.5万円前後だ。試算すると、イベント列車が始発駅から終着駅まで20駅を通過し、各駅に2名を配置すると60万円の警備費用がかかる。イベント列車の定員が1両あたり60名、5両編成として300名。イベント参加費が1万円として、売り上げの5分の1が警備費となる。あるいは1名あたりの参加費に2000円が警備費として上乗せされる。

 15年に私が取材した「583系電車婚活ツアー」は、横須賀線内のほぼ全ての踏切に警備員が立ち、線路を越える車道、歩道橋、見晴らしの良い土手にも警備員が立った。200人以上は動員されたと思う。

 200人の警備員の費用は300万円だ。イベント列車で300万円の経費増だと利益は出ない。もっとも、この列車には当時の石破茂地方創生担当国務大臣、小池百合子衆議院議員が乗車していたから、特別な警備体制だったかもしれない。

583系電車婚活ツアー)」の警備費用は、少なく見積もっても300万円。これでは利益は出ない

 イベント列車と沿線警備費用は、企業会計の中で別勘定になっていると思われる。イベント列車を開催すれば、売り上げは好成績だったと見せたいし、沿線警備については警備会社と包括契約を結んでいるとも考えられる。

 そうなるとイベント列車にかかる警備費は「見えない経費」だ。しかし、警備の対象を精査すれば、動員実績があり鉄道ファンが喜びそうな車両を使ったイベントはもうからなかった。私が株主なら「イベント列車は警備費がかさみ不採算だからやめたほうがいい」と提案するだろう。

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