「悪質撮り鉄」は事業リスク、鉄道事業者はどうすればよいか杉山淳一の「週刊鉄道経済」(4/6 ページ)

» 2021年05月12日 08時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]

旅行者が鉄道を敬遠する原因

 12年にある鉄道会社が車両基地公開イベントを実施したところ、電車のそばに長らくたたずんでいた子どもに悪質撮り鉄が腹を立てて強制排除し、母親が土下座して子どもを返してと謝罪懇願した。その様子が動画投稿サイトに掲載され拡散、全国紙系サイトが撮り鉄問題として記事化するまでに至った。これは極端な事例だと思うけれども、似たような現象は特急列車、イベント列車、観光列車で見掛ける。

 せっかくSL列車や観光列車に乗ったら、先頭車両を背景に写真を撮りたい。カップル、親子ならなおのことそう思う。しかし、そこで「悪質撮り鉄」「悪質乗り鉄」は「そこをどけ」「早くしろ」と怒鳴り始める。列車に乗ろうにも「悪質撮り鉄」「悪質乗り鉄」によって不愉快な思いをすれば、もう鉄道で旅をしようという気分にならない。そのような風評がリスクだ。鉄道事業者は、本来大切にすべき「乗っていただくお客様」を失う。

 話は変わるけれど、近年、ドラマや映画で「駅と長距離列車の情緒的な場面」がかなり減ったように感じる。出会いと別れの場面の主役は、長距離バスと簡素なバス停になった。若い人は安価なバスを使うという時世を反映したともいえるけれど、現実的には撮影コストと撮影許可の問題だ。鉄道施設で撮影すると、使用料がかかる上に制限が多い。車内を撮影する場合、例えば東海道新幹線であれば1車両貸切を求められる。

 それに比べるとバスの場面は安価だ。貸し切りバスを調達し、ポール1本のバス停を置くだけだ。面倒な手続きで鉄道施設を使うよりバスがいい。大ヒットしたNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」で、主人公が鉄道で上京した場面を見て「その駅前から東京行きの高速バスが出ている。地元の若い人ならバスを選ぶ」というTweetがバズった。そのくらい「長距離移動はバス」が定着している。それはメディアの影響も少なからずあると思う。若い人は長距離移動で鉄道を使う概念が湧かない。安いし、映像でも体験しないからだと思う。

 話を戻して「鉄道で旅をする」という習慣が薄まっている現在において「悪質撮り鉄」「悪質乗り鉄」の存在は鉄道離れを加速させる。誰だって暴走族が往来する道をドライブしたいと思わないし、治安の悪い繁華街に足を向けたくない。コンビニの入口で酔っ払いがウンコ座りしていたら、離れた別の店を選ぶ。嫌な思いをしそうな場所には近寄らない。だから鉄道が選択されない。この影響は数字では表れにくいと思う。しかし、無視してはいけない。

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