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「全員、1回銀行を退職したつもりで」 北國銀行が“DX人材”を集められる理由(1/2 ページ)

» 2021年05月14日 07時00分 公開
[渡辺まりかITmedia]

 2018年、経済産業省は企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現させるシナリオを発表した。25年までに、既存のITシステムをデジタル化し、ビジネスの根幹から変革を成し遂げよう、というものだった。しかし、DX推進を担う人材がいない、という課題を抱える企業は少なくない。DXに取り組みたくても取り組めないのだ。

 そんな中、石川県に本店を置く地銀の一つ、北國銀行は20年9月からDX人材の採用に力を入れている。DX人材として育てることを念頭に、最低限のプログラミング能力があり、新しいことに前向きにチャレンジできる、22人を採用した(5月6日時点)。レガシーな業態ゆえに、抵抗勢力もいそうな銀行が、ここまでDXを推し進められるのはなぜか。そして、どのように人材を確保しているのか。北國銀行の岩間正樹さん(システム部長)に話を聞いた。

「全員、1回銀行を退職したつもりで」

 北國銀行は1943年12月、終戦前に誕生した地銀だ。目指す姿は「地域の皆さまに信頼され、愛される銀行」。石川県を中心に105店舗(出張所を含む)を展開し、上海、バンコク、ホーチミンなどにも駐在員事務所を置いている。決して小さくはない規模の地銀だ。

 同行が公開している「統合報告書2020」には、「DX戦略、システム戦略による新しいビジネスモデルの構築」というぺージがある。単なるテクノロジーの活用にとどまらず、働き方、意思決定プロセス、判断基準、組織文化に至るまで、デジタルを意識した体制に変えようとしている。

photo 北國銀行が考えるデジタルトランスフォーメーション=同行の「統合報告書2020」より

 一見するとデジタルとは無関係にも思えるが、岩間さんは「社風、価値観、変革のエンジン、組織・仕組み、職場環境、これら全てにおいて、DXが基礎になっています」と強調する。「例えば、年功序列の考え方が根強い銀行において、序列より役割を優先させること、アイデアを一人だけのものにしておかず、生まれたものをどんどん活用すること、個人ではなく総力で取り組むこと、多様性を認めることなどが組み込まれています」と説明する。

 従来の銀行業務は、申請書類のチェックや専用端末への入力、出金・振込処理といった定められた手順に従って進められることが多い。そのため“アジャイル”という言葉から遠くかけ離れた業態だったはずだ。岩間さんは「私たちは、働いている場所が銀行であるという意識を捨てています」と話す。「全員、1回銀行を退職したつもりになってください、そして新しい会社に入ったと思ってください、と言われています」という。

 「北國銀行が目指すのは“次世代版地域総合会社”。銀行ではなく地域のための会社であるというマインドチェンジを促しています。そのため、新人は“新入行員”ではなく“新入社員”、迎え入れる式典は“入行式”ではなく“入社式”と呼ぶ、など徹底しています」

 「『この中で何が変えられるだろう』という現状維持バイアスを持たないことも徹底しています」と岩間さん。北國銀行のDXが、根本からの変革であることを端的に表した言葉だろう。

「トップが正しい船頭だった」

 北國銀行がここまでDXを急ぐのにはワケがある。キーワードは“次世代版地域総合会社”だ。「銀行はお金を貸してもうける、と考えがち」と岩間さん。「しかし、実際に地方の顧客が求めているのはデジタルに関する知見です。レガシーな方法では、変化の早いこの時代を乗り切れず、つぶれてしまうという危機感があります。取引先がつぶれたら、銀行も共倒れしてしまう。そうならないために、知見を共有して、助け合う必要があります」と力説する。

 「デジタル化に取り組むだけでなく、(組織の変革などを含む)真のDX推進によって何がもたらされるかを体験すれば、真の知見を得られる。その知見を地域の中小企業にも広げたい。こうした使命感が、DXに力を入れる理由の一つです」

 これほどDXを推し進められる背景には、前頭取(現相談役)の安宅建樹氏や現頭取の杖村修司氏によるところも大きいという。

 「『戦略的な投資が必要になる時代が来るから、今からコスト削減に取り組んでいこう』と、前頭取が改革を始めたのが今から約20年前。その成果が出て次の一歩、DXに踏み出す素地ができました。コストを削減したことで金銭的な余裕、またデジタル化を進めてきたことでマインドの準備が整っていた、というわけです」

photo 北國銀行の岩間正樹さん(システム部長)は、トップがDXについて正確に理解していることが重要だと力説する=取材はオンラインで実施

 20年前のデジタル改革時、抵抗勢力はいなかったのだろうか。「良くも悪くも銀行というトップダウンの構造が功を奏したようだ」と岩間さんは笑う。「ラッキーだったのは、トップが正しい船頭だったこと。そして、従う人たちのベクトルも合っていた、ということです」

 「本気でDX推進をしたいのであれば、トップが自らリカレント教育を行い、DXの全体像、必要性について正しく理解しておかないといけません。そして、正しい施策につなげていきます。現場にも、これらの施策が何を意味するのか、理解してもらう必要があります」

北國銀行がDX人材を確保できた理由

 とはいえ、DXを推進するにはその役割を担う人材がいないと難しい。地方である以上、そのようなエンジニアを確保するのも並大抵ではない。では、どのようにして22人のDX人材を確保したのだろうか。

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