コロナ禍の前は、テークアウトにネガティブな店主が多かった。しかし今は、新たな取り組みに積極的な店が増えているという。
ご近所シェフトモの役割も少し変わり始めている。緊急事態宣言でお店に食べに来る客は減ったが、自炊の機会が増えたことで、ご近所シェフトモ経由の注文が増えたのだ。「『シェフトモ』で予約が入っていることが精神的な支えになった」という店の声も廣岡さんの耳に届くようになった。
ご近所シェフトモでは、一週間前に注文が確定する。店側はそこから発注をかけるため、無駄な出費や廃棄を減らせる。貢献はまだ微々たるものだ。しかし、料理を手渡す瞬間に「今日もお疲れさま」「今日は市場で仕入れたブリを使ってみましたよ」、そんな店と客の会話が生まれ、食べに来てもらえなくても“常連さん”を増やしていける。それは単なるテークアウトサービスではない。アフターコロナに続く、つながりだ。
店主からも前向きな声が上がっている。
「ご近所シェフトモを始める前は、自分が見えないところでどう食べられるかなんて考えたこともありませんでした。でも今は、食卓に並ぶところを想像しながら作っています。彩りがないとさみしいからプチトマトを添えようとか、勉強になるんですよね。家庭料理のレパートリーも増え、料理人としての腕が上がっている気がします」(北前海鮮問屋「三番船ハ印」店主)
筆者も料理が好きではない。一日一食、深夜にコンビニ弁当を食べる生活を続けていたら、8kg太ったこともある。最近、健康を意識して料理を始めたが、忙しくなると出前館だ。
ご近所シェフトモは、LINE上で注文できる。トーク画面の下部に表示されるメニューから、近所の店と主食・副菜を選ぶ。選択肢はそれぞれ2パターンと少ない。悩む時間を削減するためだ。主食にサーモンフライ、副菜に小松菜のおひたしを選んだ。
一週間後、夕飯時にお店に寄ると客は1組。用事がなければほぼ外出しない筆者だが、この街にも新型コロナが暗い影を落としていることを実感した。
店の奥で、笑顔の店主と保存袋に入ったサーモンフライが待っていた。「袋に入ってるのか」と内心驚いたが、これは客の声に応えたものだという。お弁当型のトレーは食卓に並べたときちょっぴりさみしく、捨てるにもかさ張る。ジッパー付きの保存袋は汁漏れせず、ごみも少ない。また、最終的に皿に盛ることになるので、家庭料理感が増すのだという。
2度目のテークアウトで店主に話を聞いてみた。現状、ご近所シェフトモから週5、6件の注文が入るという。「この前のサーモンフライ、味はどうでしたか? 盛りつけ難しくなかったですか?」と聞かれ、こちらの店主も食卓に並べたときのことを考えてくれていた。
懸念は、価格帯がご近所のニーズと合っているかどうかだという。確かにスーパーのお総菜と比較すると価格が高い。ここは接客やスーパーでは入手困難な食材の良さなど、客の価値観に委ねられるところだ。
いずれにせよ、テークアウト、デリバリー、スーパーのお総菜、外食──と、使えるサービスは多くある。0か100かではなく、そのときに時間やお金をどう使い、何を得たいかという問題なのだろう。
日本の人口は減少の一途で、単独世帯や共働き世帯も増え、生活スタイルが多様化している。家事が家庭の中で完結しなくてもいい世界が、訪れつつある。
「毎日の料理がツラいという悩みから生まれたご近所シェフトモですが、今では私の思いだけでなく、使う人たちの互いを思いやる気持ちがサービスを育てています。『ウチのごはんはあの店に支えてもらっているから、今は私があの店を支えたい』というお客さまもいるし、『あの人にはこの間もこの副菜を出したから、今日はちょっとソースを変えてみようかな』という店主もいる。間に立つ私たちがもっとこのサービスの温かさを伝えていかないと、と感じます。今後の課題です」
廣岡さんに、次の新規事業のアイデアがあるか尋ねてみた。すると「料理の次は、洗濯を手放したい」と思っているそうだ。廣岡さんは洗濯用洗剤の開発に10年携わってきたというのに、柔軟な考えに驚かされる。
廣岡さんは試しに1カ月、洗濯をアウトソースしてみたという。メリットとデメリットが見えてきた。プレイヤーとしてこの領域に飛び込むのも面白そう、と考えた。廣岡さんは今日もビジネスとプライベートのはざまで新規事業の種を探している。
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