賃金制度の昇給の仕組みをみてみよう。図2に示すように定期昇給とベースアップがある。前者は賃金規定にもとづく部分で、平均約2%弱である。後者は賃金カーブ全体の底上げで、毎年の賃金交渉で決まる。失われた20年という言葉があるが、その間のベースアップはほとんど行われなかったといわれている。
定期昇給で賃上げを行っても、人件費再循環サイクルが機能している限り、総人件費の増額はできていないケースが多い。総人件費の総額をアップさせるためには、ベースアップが必要である。
同じことを、会社全体の賃金カーブとして図3に表した。20〜60歳を横軸にとり、縦軸が賃金とした場合、面積の部分は対象の従業員の総人件費を示すことになる。
定期昇給を行っても、人件費再循環サイクルが機能している限りAの面積は変わらない。総人件費を増額させるには、ベースアップしてBの面積分を増額させる必要がある。この増額分が「3%以上」に該当することなる。
一般にベースアップした場合、各企業は設けている賃金テーブルの金額を「全て」書き換える。例えば、5000円のベースアップした場合、賃金テーブルの全ての金額に5000円を加算する。
なお退職者が発生しない場合は、在籍者の賃金を3%以上アップさせれば、総人件費は3%以上となる。
問題はこの3%以上の昇給原資を、どのように確保するかである。岸田政権では、「労働分配率のアップ」で実現しようとしているようだ。
企業は経営努力で常に新たな価値を生み出しており、これを付加価値という。この付加価値の中で、総人件費の占める割合を労働分配率という。総人件費が少なければ労働分配率は低くなる。少し前のデータになるが、労働分配率の国際比較を図4に示す。
このデータによると、2017年時点で米国、カナダ、フランスの先進国は50%を超えていて、人件費への配分率が高いことが確認できる。
それに対して日本は、48.6%と低い。その理由は次のように考えられる。企業利益や付加価値の配分先には、設備投資、内部留保、人件費への投資があるが、この20年間は設備投資と内部留保が優先された。
設備投資は、建物や工場などの設備もあれば、コンピューターのような設備も含まれる。人以外の設備に投資して生産性を上げようとする目的がある。
また内部留保は、金融機関への返済能力を確保するために行われている。その指標を自己資本比率といい、40%の確保が金融機関から要請された。財務省のデータによると日本企業の自己資本比率の平均は16年に40.6%に達している。
一方、人件費への投資はベースアップに相当するものだが、先述の通りこの約20年間は微々たるものだった。その結果、日本全体の賃金水準は現状維持となったために、海外の主要国に追い抜かれてOECD主要7国の最下位になった。(関連記事)
労働分配率が、他の海外主要国に比べれば低い。これは、日本企業が総人件費をアップさせる余力を持っていることを意味している。
そこで労働分配率を上げてベースアップを行い、総人件費を3%以上増額させた企業に対して、法人税の優遇を与えるということが、賃上げ税制の目的といえる。
慶応義塾大学経済学部卒、経営管理研究科(MBA)履修。メーカー勤務後、青山人事コンサルティング株式会社を設立。日本生産性本部、労務行政研究所、商工会議所、法人会等で人事セミナーの講師を数多く務める。日本経済新聞のコラムを7年にわたって連載執筆、日経ビジネス・日経マネー誌などに寄稿。業種や企業規模を問わず多数の人事顧問に就任。
主な著書に『コンピテンシー評価モデル集』『65歳継続雇用時代の賃金制度改革と賃金カーブの修正方法』『同一労働同 一賃金の基本給の設計例と諸手当への対応』(以上、日本生産性本部)『雇用形態別・人事管理アドバイス』『雇用形態別・人事労務の手続と書式・文例』(編集責任者 新日本法令)など。
青山人事コンサルティングの公式サイトはこちら。
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