22年春闘「満額回答」多数でも、このままでは“安いニッポン”が続くワケ20年間で同世代の所得が100万円減少

» 2022年04月07日 06時00分 公開
[佐藤純ITmedia]

 2022年の賃上げ労使交渉(春闘)の結果が発表されている。

 今期の最大の特徴は、経営側である日本経団連が「賃金決定の大原則」にのっとった検討を打ち出したことだ。賃金決定の大原則とは、各企業が自社の実情に適した賃金決定を行うことをいう。つまり、業種横並びや一律的な賃金引き上げを検討しないことを意味する。

(1)現在の賃上げ労使交渉の集計状況

 自動車業界ではトヨタ自動車が、労使交渉の集中回答日である3月16日の1週間前、同9日に回答した。組合の要求額に対して、満額回答だった。そして3月16日を迎え、一斉に経営側から回答がでた。自動車・電機業界などを筆頭に、大企業では満額回答の企業も多い。大企業を含めた1237組合の3月25日時点での集計結果は、次の通りである。

出典:22年3月25日の連合プレスリリースより筆者が編集

 平均賃金方式とは、組合員1人当たりの賃金アップの平均額をいい、定期昇給込み賃上げとは、定期昇給とベースアップの合計を指す。

 平均の取り方には単純平均と加重平均がある。前者は対象者の賃上げの総額を総人数で割った値であり、加重平均とは組合ごとに平均をとり、その総額を組合の数で割った値である。上記の額の6452円と率の2.13%は、加重平均の値である。

 21年と比べると、額で937円、率で0.32ポイントの増加となっている。

中小企業の妥結状況

 図1は大企業から中小企業を含む平均であり、規模によって回答の傾向は異なる。そこで300人未満の中小企業の回答集計を図2に示す。

出典:22年3月25日の連合プレスリリースより筆者が編集

優良企業から妥結なので回答集計に注意

 上記の図1と図2では昨年を上回り、率も約2%と昨年よりも高い。従って、今年の賃上げは全体として増加しているように思われるが、注意点がある。

 それは優良企業から順に、賃上げ労使交渉の回答が行われていることである。つまり3月25日公表は第2回目の集計であり、満額回答した企業などの業績のよい企業の平均値である。今後はこの値に業績の厳しい企業の値が加わり、回答集計が重なるごとに平均賃上げの値は減少していく傾向にある。今後の変化に注意する必要がある。

(2)20年間で同世代の所得が「100万円以上減少」

政府の経済財政諮問会議の発表

 22年3月3日に政府の経済財政諮問会議から、30代半ばから50代半ばの世帯所得が、20年前の同世代と比べて100万円以上減少しているという調査結果が報告された。

 これはバブル崩壊後の1994年と2019年を比べた結果である。世代別にみると、35〜44歳の世代では104万円減少し、45〜54歳の世代では184万円も減少していた。このような現象は偶然の結果なのであろうか。

 実はこれは2000年ごろから予測されていたことであり、筆者も当然の結果と受け止めている。その理由は、日本の失われた20年間における賃上げ状況から読み取れる。

過去60年間の賃上げ状況

 図3は、労務行政研究所の調査による過去60年間の賃上げ額と率の推移である。

賃上げ額と率の推移(1967年〜2021年)/出典:「労政時報 第4024号」2021年11月12日より

 横軸が年、左縦軸が賃上げ額、右縦軸が賃上げ率である。

 1960年台から日本は高度経済成長時期に入り、70年代の賃上げは、額で1万〜1万5000円程度である。突出した上昇を示しているのは、74年のオイルショックによるものである。この年は、1回の賃金で2万円以上の賃上げがあった。それ以外の年は、多少の変動はあるものの、1万〜1万5000円の賃上げがあり、約20年間続いた。

 90年頃になると、バブル経済の崩壊により構造的な経済不況に突入し、賃上げ額と率がともに下降を続け、2000年頃には賃上げ額で5000円台、率で2%を割る時代に突入した。その後上昇することなく現在に至っている。

(3)世代別に見た45歳までの昇給額の相違

 今の日本企業の賃金制度は、前年度の賃金額にその年の昇給額を加算し、それを継続している。つまり現在の賃金額は、過去の昇給額の累積の結果といえる。高い昇給を継続した世代と、低い昇給を継続した世代とでは、賃金額にかなりの差が生ずる。

 賃上げ額が5000円台になった2000年頃、「現在20代の若者が45歳になったとき、今と比較して45歳の賃金水準がかなり下振れしているのではないか」と予想されていた。大卒者22歳が45歳になるまでは23年間あるが、23年の間、毎年の昇給額が「1万円」か「5000円」かでは、その累積額に明らかな差が生ずるからである。

 そこで図3のデータを基に、1971〜94年まで、1980〜2003年まで、1998〜2021年までの3ケースについて、その間の昇給累積額を計算した。その結果を図4に示す。

世代別にみた23年間(大卒45歳時)の賃上げ累計/「労政時報 第4024号」2021年11月12日より筆者が計算

 生産労働者の中核年齢である45歳を想定し、22歳から23年間を計算の期間条件とした。その結果、1971〜94年までは30万6235円、1998〜2021年までは23万9288円、1998〜2021年までは13万3671円となった。 

 かつて日本経済の高度経済成長時期である1970〜90年代の約30万円上昇に対して、2000年代はその3分の1の10万円台に縮小している。つまり賃金上昇分が月例賃金ベースで約20万円も下落したことになる。

(4)考察

 今年の賃上げ労使交渉の最新情報では、平均6000円半ばである。昨年に比べれば若干高めであるが、失われた20年の2000年以降の昇給の領域を脱しているとはいえない。仮に6500円が23年続いたとすると、その累計は14万9500円であり、以前の額には程遠い。

 日本の賃上げはこのままのペースで続くのだろうか。若い人は将来に夢をもつことができるのだろうか──。経済力の基本となる賃金について、経営者は深く考える必要があるだろう。

著者紹介:佐藤純 青山人事コンサルティング株式会社 代表取締役

慶応義塾大学経済学部卒、経営管理研究科(MBA)履修。メーカー勤務後、青山人事コンサルティング株式会社を設立。日本生産性本部、労務行政研究所、商工会議所、法人会等で人事セミナーの講師を数多く務める。日本経済新聞のコラムを7年にわたって連載執筆、日経ビジネス・日経マネー誌などに寄稿。業種や企業規模を問わず多数の人事顧問に就任。

主な著書に『コンピテンシー評価モデル集』『65歳継続雇用時代の賃金制度改革と賃金カーブの修正方法』『同一労働同 一賃金の基本給の設計例と諸手当への対応』(以上、日本生産性本部)『雇用形態別・人事管理アドバイス』『雇用形態別・人事労務の手続と書式・文例』(編集責任者 新日本法令)など。

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