HYDEが心酔した画家・金子國義 美術を守り続ける息子の苦悩と誇り『不思義の国のアリス』手掛ける(1/3 ページ)

» 2022年05月07日 07時06分 公開
[今野大一ITmedia]
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 人気ロックバンドL'Arc-en-Ciel(ラルクアンシエル)のボーカルhyde(ハイド)さんが“心酔”した画家がいた――。2015年に78歳で亡くなった金子國義画伯だ。

 ラルクアンシエルと並行し、02年から活動している「HYDE(大文字)」名義でのソロ3作目のアルバム『FAITH』(フェイス、06年)のジャケット表紙は、金子画伯が描き下ろした。古くから親交のあった金子画伯に、ハイドさんが依頼して誕生したという。その他にハイドさんが好きなコウモリをモチーフにした浴衣を、金子画伯がデザインしたこともある。

HYDE名義でのソロ3作目のアルバム『FAITH』(フェイス、2006年)のジャケット表紙ジグレー。右下にハイドのサインが入っている(撮影:河嶌太郎)

 ハイドさんが組んでいた「VAMPS」というバンド名も、金子画伯の写真集『Vamp』(新潮社)から取ったものだ。金子画伯が亡くなった際には「とっても大好きな先生。天国はどうですか? またお会いしたいです by HYDE」と綴り、追悼のメッセージを写真付きで寄せた。

 今年の3月には金子画伯の代表作「気分を出して」が描かれたギターをツイートしている。この「気分を出して」はハイドさん所有の絵画だ。金子画伯が特に気に入り、アトリエの中でも、いつでも目に付く場所を長きにわたり独占していたこの作品は、画伯にとってはまさに特別な存在だった。しかし「HYDE君なら良いよ」と、あっさり嫁いでいった経緯があるという。

 金子画伯は、『不思義の国のアリス』(新潮文庫)や、画伯自ら翻訳を手掛けた絵本『不思義の国のアリス』(KADOKAWA/メディアファクトリー)、小説家・翻訳家として名高い澁澤龍彦さんの作品、雑誌『ユリイカ』『婦人公論』などの表紙画で知られている。退廃的で妖艶、特徴的な顔を持つ女性の絵画を多く残した。

不思議の国のアリス』(新潮文庫、Amazonより)
『婦人公論』の表紙画。『ALICE IN WONDER LAND(不思議の国のアリス) 』と書かれている(撮影:河嶌太郎)

 金子画伯の存在は亡くなって7年がたつ今も多くの人々に愛され、影響を与え続けている。その作品を管理し、販売しているのがSTUDIO KANEKO代表で、金子画伯の息子である金子修さんだ。

 修さんは金子画伯の個展を開催したり、作品を利用した各種コラボ商品を企画したりしている。現在は東京・渋谷のBunkamura Galleryで展覧会「金子國義−美しき日々」を5月11日まで開催中だ。

東京・渋谷のBunkamura Galleryで5月11日まで開催中の展覧「金子國義−美しき日々

 優れた作品を生み出した芸術家の存在も、誰かがその意味や価値を伝えていかなければ、後世には残せない。芸術作品をマネタイズし、持続可能な運営をしていくには経営的視点が必要だ。

 現状、日本の美術市場は縮小している。そこにコロナ禍による影響が直撃した。修さんに、アートビジネスの現場の苦労と、芸術を受け継いでいく難しさを聞く。

金子修(かねこ・おさむ) STUDIO KANEKO代表。画家・金子國義の息子。1971年3月生まれ。94年、偶然に知り合った金子國義の勧めにより上京し、助手となる。2002年、養子縁組を果たして「金子修」に。番頭業の傍ら数々の展覧会を運営し、また装丁や浴衣に代表される〈金子デザイン〉の一端を担うなど、最も近しい存在として公私にわたり画家を支え続けた。関わった書籍として『金子國義スタイルブック』(アートダイバー)、『イルミナシオン』(バジリコ)、『美貌帖』(河出書房新社)など(撮影:河嶌太郎)

日本の美術品市場は2186億円

 まず、日本の美術品の市場規模を見てみよう。「日本のアート産業に関する市場調査2021(主催:一般社団法人アート東京、制作:エートーキョー)」によれば、日本全体の美術品市場の規模は2186億円と推計されている。前年からの減少率は約8.4%となっていて、限定的ではあるものの縮小している状況だ。

日本全体の美術品市場の規模は2186億円と推計されている(リリースより)

 ただ、3年間で100万円以上購入している「高額購入者」の動きを見てみると、ビジネスチャンスが浮かんでくる。全購入者が美術品をインテリアやプレゼント目的で買っている一方、高額購入者はコレクションや作家の支援を目的として購入していて、エートーキョー(東京都港区)によれば「『高額購入者=コレクター層』が順調に成長していることが確認される」という。

高額購入者はコレクションや作家の支援を目的として購入している(リリースより)

 修さんも、「高額購入者=コレクター層」を主なターゲットにしている。金子画伯の絵画は現在、1点で数百万円の値を付けることも珍しくない。販売経路は、個展開催時に売ったり、問い合わせを受けて修さん自身が購入希望者に直接売ったりするケースがあるという。絵の売買額は年間で1000万円を超えるものの、後述するように直接の販売には独特のリスクがあったり、そもそも絵の保存場所の確保に難航したりするなど難題が少なくない。

(撮影:河嶌太郎)

 絵の販売に加えて、修さんは金子画伯の絵画を使った権利ビジネスも手掛けている。例えば七回忌に当たる21年には、金子画伯がハイドさんの『FAITH』のジャケット写真のために描き下ろした作品のジグレー(コンピューターを使った版画技法)を、限定75枚エディションナンバー入りで販売した。また、ハイドさんの楽曲「evergreen」が流れる4万9500円のオルゴールも発売している。

ハイドさんの楽曲「evergreen」が流れる4万9500円のオルゴールも発売している(撮影:河嶌太郎)

 また、金子画伯のデザインした浴衣や着物を、老舗呉服メーカーの小田章(京都市)が一般客向けにレンタルしていて、販売した場合は、その売り上げの一部もSTUDIO KANEKOの収入になるという。

 修さんは「ハイドさんの存在は本当に大きいんです」と話す。

 「ハイドさんのファンの中には『娘が成人したので金子先生の着物を着つけさせたいんです』と利用する方もいました。親子がファンになるアーティストって、本当に素敵ですよね」

 ハイドさんを通して金子画伯の存在を知り、やがて画伯のファンとなる。結果的に多くの顧客創出につながっているようだ。ではハイドさんはなぜ金子画伯に魅せられたのだろうか。かつて雑誌のインタビューの中で、金子画伯について、こう答えている。

 「(金子画伯と)最初にお会いしたのがお弟子さんのパーティーで、先生のショータイムという最初からディープな世界を体験しました(笑)。やっぱり天才肌っていう人は、普通の人とは違う。そういう部分が大きいほど、芸術的な感性の部分が大きいんじゃないかと思います。だいたい僕が天才だなあ、と思う人はどこか常人と違ってますね。(中略)先生の作品のモデルに? こちらからお願いしたいぐらいですね」(『季刊プリンツ21 (prints 21)1999 春 / Les Flirts 火遊び 金子國義 』(プリンツ21)より)

 その後『FAITH』で、本当に金子画伯に作品の制作を依頼することになるわけだが、プライベートでの親交だけでなく、アーティストとしての深いリスペクトを見ることができる。

 今夏には、ヴィレッジヴァンガードコーポレーション(名古屋市)とのコラボグッズも販売する予定だ。他にもアロハシャツ「アロハALOHA『蛇』」が好評を博すなど、企業とのコラボも少なくない。

 ただ、経営に大打撃を与えたのが、20年からのコロナ禍だった。「この2年間は本当に苦しかったです」と修さんは話す。

 「20年のBunkamura Galleryでの展覧会も、ちょうど緊急事態宣言が出ていた時でしたから来場者が少なく、売れたのは版画数点だけでした。皆さん、なかなかお金を使う気にならなかったのだと思います。私自身もお金に困ってしまって……。作品を販売していた『美術倶楽部ひぐらし』(東京・神保町のショールーム)も、人が集まると密になってしまうため今も閉めています」

 市場の縮小、コロナ禍での運営の苦労……。修さんの悩みは尽きない。

『美術倶楽部ひぐらし』(撮影:河嶌太郎)
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