すごいGRMNヤリス、素人同然な販売政策(前編)池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/5 ページ)

» 2022年07月04日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

 GRMNヤリスに乗せていただいてきた。のっけから何だと思う読者諸氏も多いだろうが、思わずそう言いたいくらい良かったのだ。本当にこの試乗会くらい、呼ばれて良かったと思う試乗会もなかった。これに関してはもうホントにトヨタに感謝する。筆者の自動車人生の中で特筆に値する経験だった。

 さて、そのGRMNヤリスってのはなんぞやというところから始めよう。そもそも素のヤリス自体「モータースポーツを基点としたクルマづくり」の実現を目指してできたクルマだ。いや反対側から見れば、モータースポーツを基点としたクルマ作りの実践のために作られたとも言える。

 そしてそこに、3ドアの特別ボディを与えられたGRヤリスが登場する。さてここで、くれぐれも先走らないように。このGRヤリスは、今回のGRMNヤリスとはまた違うのだ。

GRMNヤリス

まずはGRヤリスの話

 まずはGRヤリスの話だ(GRヤリス記事参照)。乱暴に言えば、モータースポーツの世界では「勝てるクルマの作り方」はメソッドとして確立している。そして、実のところそれはレースやラリーで勝つだけでなく、クルマとしての良さにかなり直結する。

 けれども、そうした手法が量産車の世界で顧みられることがなかったのは、コストがアホみたいに高いからで、モータスポーツで定番化したメソッドをちょいちょいと投入するだけですぐ2000万円くらいは掛かってしまう。「はいはい。やれば良くなるよね。だけど、そんなのは市販車の世界じゃコスト的に通用しないよ」というのがこれまでの定説だったわけだ。

 でもまあそこをビジネスにした人達も世界にはいて、BMWを土台にレース的精密組立とチューンを行うことで「BMWとは別物」という評価を得たアルピナや、同じ事をポルシェでやったRUFなどというメーカーがある。ただし、お値段はさらりとウン千万円。それでもその別格の味にそれを払う人がいる。

 余談を付け加えれば、そういうセッティングでファインに仕上げたものは劣化に弱い。浜獲れのウニみたいなもので、その時味あわないと、どんどん劣化する。

 だからアルピナには賞味期限があり、オーナーは買ったその日から劣化と戦うことになる。そして、もうダメだと力尽きるほど味が落ちたら、そのオーナーはまたウン千万を投じて新車を買い直し、至福の時を迎えるわけだ。

 ついでに言うと、こういうマリー・アントワネット的自動車道楽のおこぼれに預かる人がいて、この新車オーナーたちにつきまとって、買い換えの時にセカンドユーザーになる。その時はまだ微かに浜の味がするのだ。

 そして、世の中の普通の中古車マーケットにアルピナが出てくる時には、ほぼ普通のBMWに戻っている。そういう「幸せと不幸が隣り合わせの世界」へ普通の人を連れて行こうとしても無理だ。

 だからトヨタは、まず「レース的精密組立とチューン」を圧倒的なローコストにすることに尽力した。それがGRファクトリーである。普通のベルトコンベア式のラインを止めて、セル方式を採用し、1台ずつをジグの上に据え付け、カメラ型の三次元測定機で精密に組立精度を測定しながら、匠の技術者が組み立てる。

 手法として新しいのは、車両1台の組立工程をいくつかに分解し、それぞれの段階でセル方式を採用し、かつそのセルとセルの間を無人搬送車(AGV)で疑似ライン的につないだことだ。こういうやり方で「手作業による精密組立」の効率化を図ったことによって、それまでウン千万円だった価格が450万円とか500万円まで下がった。高精度組立の民主化、あるいは大衆化である(「GRヤリスで「モータースポーツからクルマを開発する」ためにトヨタが取った手法」参照)。

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