ウクライナ戦争で台頭する「顔認識」 米新興企業が手掛ける“ヤバすぎる”サービスとは(4/4 ページ)

» 2022年09月18日 08時15分 公開
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クリアビューAI活用で分かる3つのこと

 このような“グレー”な最新技術であるクリアビューAIの顔認識だが、今回のウクライナでの活用方法について、以下の3点について指摘しておくべきだろう。

 第一に、今回の戦争は、スマホが活用された戦争であるということだ。もちろん今回と似たような「スマホ戦争」は、すでに2年前にアゼルバイジャンとアルメニアで勃発した「ナゴルノ=カラバフ紛争」で始まっていたといえる。例えば、戦場でのアゼルバイジャン軍側の攻撃が、スマホで撮影された動画がSNSなどを通じてアップされ、それが双方の宣伝戦に活用されていたことなどが挙げられる。

photo アゼルバイジャンとアルメニアで勃発した「ナゴルノ=カラバフ紛争」(提供:ゲッティイメージズ)

 ところが今回の戦争では、ロシア側が戦争の実態を自国民に秘匿しようとする傾向がある中で、ウクライナ側はスターリンクを通じたスマホによる動画の配信や画像の公表を積極的に行っている。このため、ウクライナ戦争の調査報道で世界的に注目を集めている英調査報道機関「べリングキャット」のようなボランティアのネット民の団体が、ロシア側の犯罪の証拠を集めて特定するなど、戦争の「透明度」が上がっている。

 第二に、戦争が個人の感情レベルまで“えぐり出す”ものになっているという点だ。ナゴルノ・カラバフ紛争でも、個人レベルでは兵士が殺害した敵兵の持っていたスマホからその兵のガールフレンドにわざわざ電話して「今、彼氏が死んだぞ」と連絡するような残酷なエピソードがニュースになっていたが、前述したように、ウクライナ政府は顔認識のテクノロジーを活用してロシア兵の親族に直接連絡をとって、兵士の家族のレベルから同国内の厭戦(えんせん)気分を煽ろうとする動きをしているのだ。

 これはネットにつながった社会にとって、それまで情報が届かずに何が起こっているのか分からなかった遠くの戦場が、すぐ身近に感じられるということになる。戦争がより個人レベルにインパクトを与えるため、精神的にダメージを受ける人が増えることを意味する。

 そして第三が、個人のプライバシーというものがますます軽視されたり、なし崩し的に活用されるような時代になったということだ。もちろん人権やプライバシーというものが軽視されがちな中国やロシアのような権威主義国家では、顔認識は政府に批判的な反対派の人物や少数民族に対する弾圧に活用されているとして人権団体は警戒している(中国の顔認識技術は現在世界一だと言われている)。

photo 個人のプライバシーが脅かされている(提供:ゲッティイメージズ)

 人権意識が高く、個人のプライバシーに敏感な米国のような国でさえ、法執行機関にはネットで拾った顔写真が無断でDB化され、さらに活用することが、違法性を指摘されながらも、個人の「生体情報」として使用することが事実上容認されているのだ。

最新技術と戦争の関係性

 ここで、アルビン・トフラーという著名学者の言葉を紹介しておきたい。トフラー氏は1980年に「第三の波」を発表して情報化社会の到来を予測した「未来学者」として知られる。そのアイデアを戦争に当てはめた名著『アルビン・トフラーの戦争と平和』で述べられていた中心的な主張は

「ある時代の社会において最も富を生み出す技術が、その時代の戦いの主な手段になる」

というものだった。

photo 『アルビン・トフラーの戦争と平和』(出典:Amazon.co.jp)

 現在はまさに情報技術の時代だ。つまりアプリやドローン、そしてスマホなどを通じて富が生み出されており、その中の機能の一つである顔認識システムも、ここまで戦争に活用されている実態があるのは、トフラー氏の分析の正しさを証明しているようだ。

 このような情報化社会と最新技術の関係性を鑑みたときに、日本の政府や企業はどこまで準備ができているのだろうか。とりわけ顔認識のテクノロジーについては、倫理的な議論と法的な整備が急がれることは、本稿の説明を待たずとも理解できるはずだ。

書き手:奥山 真司(おくやま・まさし)

1972年9月5日、神奈川県横浜市生まれ。国際地政学研究所上席研究員。

2002年ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ)地理・哲学科卒業。11年レディング大学(英国)大学院戦略研究学科博士課程修了、博士(戦略学)。地政学や戦略学、国際関係などが専門。レディング大院では戦略学の第一人者コリン・グレイ博士(米レーガン政権の核戦略アドバイザー)に師事した。現在は政府や企業などで地政学や戦略論を教える他、戦略学系書籍の翻訳などを手掛ける。

著書に『地政学:アメリカの世界戦略地図』(五月書房)、『世界を変えたいのなら一度武器を捨ててしまおう』(フォレスト出版)、監修書に『サクッとわかるビジネス教養 地政学』(新星出版社)、訳書にクライブ・ハミルトン『目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画』(飛鳥新社)、『ルトワックの“クーデター入門”』(芙蓉書房出版)など。

ニコニコ動画やYouTubeで地政学や国際情勢に関するニュース番組「地政学者・奥山真司の『アメリカ通信』」(毎週火曜日午後8時30分〜)を配信中

Twitter:@masatheman

ブログ:「地政学を英国で学んだ

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