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年間売り上げ4億円 秋田のソウルフード「バナナボート」が60年以上も売れ続けるワケ地域経済の底力(1/3 ページ)

» 2022年09月19日 09時25分 公開
[伏見学ITmedia]
秋田・たけや製パンの最大のヒット商品が、この「バナナボート」だ

 「東京に出てきたとき、どうして『たけやのパン』がないのか不思議に思った。そういった声をよくいただきます」

 秋田市に本社を構えるたけや製パンの武藤真人社長はこう語る。同社のパン製品は秋田の人たちにとって幼少のころから慣れ親しんだ日常食で、学校の給食にも登場する。従って、進学や就職などで県外に出ていった秋田出身者から、店に置いていないことへの驚きや残念がる意見をもらうことが多いそうだ。

 「秋田県人にとって、たけやのパンは全国どこにでもあるものだという感覚のようです」と、武藤社長は少し申し訳なさそうに話す。

 そのため、パンを小包に詰めて県外で暮らす子どもに送る家庭も少なくない。「私の知り合いも『バナナボート』などをクール便で送っているという話をしていました」と武藤社長は言う。

 全国各地にパンのメーカーはあるが、これほど地域に根ざした企業も珍しいのではないだろうか。たけや製パンはなぜここまで秋田の人たちに愛されるのか。

たけや製パンの武藤真人社長。1958年生まれ、秋田県出身。創業者である父・武藤茂太郎氏の後を継ぎ、94年6月から現職

ユニークな商品がずらり

 たけや製パンは1951年2月、秋田駅前の銀座通りで、5坪の小さな個人商店「たけや」として産声を上げた。創業者は、武藤社長の父である武藤茂太郎氏。従業員は茂太郎氏夫妻と、もう一人だけだった。

 創業からしばらくは苦労したものの、その後、他のパンメーカーの吸収合併や、高度経済成長などを追い風に、会社はどんどん大きくなっていった。現在の年間売上高は約87億円(2021年3月期)、従業員は660人を超える、秋田を代表する企業となった。

 そんな同社の特徴はユニークな商品にある。「学生調理」「アベックトースト」「コーヒー」、そして「バナナボート」と、一度聞いたら忘れないネーミングがずらりと並ぶ。

「アベックトースト」

 「別にを奇をてらったわけではなく、当時の流行り言葉をそのままストレートに付けただけ。それが数十年経った今、面白いと感じられるのでしょう」

 全国放送のテレビ番組や雑誌などでもたびたび紹介されるため、秋田出身でなくても同社の商品を見聞きしたことがある人はいるかもしれない。

発売から売れ続けている「バナナボート」

 たけや製パンの数ある商品の中で、群を抜いて売れているのが「バナナボート」だ。

 バナナとホイップクリームをスポンジケーキで包んだ洋菓子で、価格はプレーンで150円。まだ食糧難だった戦後の秋田において、「地元の人々に甘くておいしいおやつをお腹いっぱい味わってもらいたい」という思いを込めて作られた。

「バナナボート」はシリーズ全体で1日に1万個も製造する

 1955年に発売してから、1度も前年比を下回ることなく売れ続け、現在は年間売り上げ4億円に。毎月7種類ほどあるバナナボートシリーズ全体では1日約1万個を製造する。ダントツの人気商品で、秋田県人で食べたことがない人はほぼいないと武藤社長も断言するほど、地元のソウルフードとなっている。

 「子どもからお年寄りまでみんな食べています。まだ食べたことがないのは、生まれたばかりの赤ちゃんくらいでしょう」と武藤社長はほほえむ。

 人気の理由はいくつかある。まずは何と言っても味わいの良さだ。発売以来、味のベースはほとんど変えていないが、生地などは改良を重ねていて、フワフワ感が増している。

 「1年前から製造工場のミキサーを変えました。攪拌(かくはん)する軸が、従来の1本から2本に増えました。これによって生地がよりきめ細かくなって、口当たりがよく、おいしさがアップしました。さらに売り上げが伸びました」

 また、一般的なスポンジケーキだとパサパサ感が気になるが、バナナボートは要冷蔵商品であることからも、生地がしっとりしていて食べやすい。

 使われている生クリームも評判が高いため、昨今は派生商品も生まれている。そのひとつが今年6月に発売した「バナナボートのホイップメロンパン」。今やバナナボートシリーズに次ぐ売り上げとなっている。

「バナナボートのホイップメロンパン」

 「すごくおいしいものを出せば、黙っていても売れる。私はそう考えています。極端な話、商品力があれば、そこまで営業しなくてもいい」

 武藤社長はこう意気込むが、実際にそれがきちんと数字に表れている。

 バナナボートが人気を集めるもう一つの要因は、 “故郷の味”になっていることだ。この商品と秋田の人たちとのタッチポイントが豊富で、例えば、家庭の食卓やおやつに出てきたり、栄養素がいいということで病院食に使われたりするなど、とにかく日常生活に浸透している。

 さらには、県民がバナナボートの新商品開発に関わる機会もある。数年前から高校生とのコラボレーションに取り組んでいて、2021年は金足農業高校、大曲農業高校、西目高校、大館桂桜高校とのコラボ商品が生まれた。例えば、金足農業は「金農ショコラナッツボート」という刻みアーモンド入りのチョコを使った商品を開発した。

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