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ハーバードでMBA取得、調達額は700億円超 格闘技団体「ONE」トップに聞く事業拡大の展望タイの富豪が仕掛ける一手(1/2 ページ)

» 2022年11月18日 17時40分 公開
[今野大一ITmedia]

 サイバーエージェントが運営する動画配信サービス「ABEMA」は、11月19日にシンガポールで開催する格闘技イベント「ONE 163: AKIMOTO VS PETCHTANONG」(以下、ONE 163)を「ABEMA PPV ONLINE LIVE」で生中継する。

 ONE 163を主催するONE Championshipは、シンガポールを拠点とする格闘技団体だ。ムエタイやキックボクシングなど多様なジャンルの大会を開催している。同社の主催するイベントには、青木真也選手や秋山成勲選手など、日本格闘技界のトップランカーたちが出場してきた。

ABEMAがPPVで「ONE 163: AKIMOTO VS PETCHTANONG」を生中継

 ONE 163では、ONEバンタム級キックボクシング世界王者の秋元皓貴選手が初の防衛戦を戦う。加えて第6代ONE世界ライト級王者の青木選手や、女子総合格闘技で注目されている平田樹選手、元UFC世界ミドル級3位の岡見勇信選手やONE世界フライ級ランキング3位の若松佑弥選手などが参戦する。

左から青木真也選手、チャトリ・シットヨートン氏、岡見勇信選手、秋元皓貴選手

 「ABEMA格闘チャンネル」でエグゼクティブプロデューサーを務める北野雄司氏は、ONE 163を生中継するビジネス的な狙いをこう語る。

 「ONEは、アジアの各都市で開催されるので日本との時差が少ないことも一緒に取り組みを進めていく理由の一つです」

 米国や欧州のコンテンツに比べて、日本の視聴者にも見やすい時間帯であることが一つの可能性になっているようだ。ONEは今後、日本で試合を開催する頻度を増やすなど事業を拡大していく予定だという。

 そのONEを率いるのがタイ生まれの連続起業家、チャトリ・シットヨートンCEOだ。チャトリCEOはハーバードビジネススクールでMBAを取得。設立した自身のスタートアップを売却した資金などによってONEを立ち上げた。事業拡大を目指すチャトリCEOに日本の格闘技ビジネスの課題と、今後の展望を聞いた。

チャトリ・シットヨートン(Chatri Sityodtong) ONE Championship創業者で会長兼CEO。日本人の母とタイ人の父を持つ。1994年にタフツ大学で経済学の博士号を取得。99年にハーバードビジネススクールでMBAを取得。投資アナリストとしてキャリアをスタートした後、ハーバードの同級生とeコマースのスタートアップ「Nextdoor Networks」を起業。事業売却した資金などによって11年にONE Championshipを設立。ONEはフォーブスによってアジア最大のグローバル スポーツ メディア プロパティに選ばれた。ニールセンは視聴者数とエンゲージメントの点で世界トップ10のスポーツ メディア プロパティの中にONEをランク付けしている

ビデオ視聴数でNBAに次ぐ2位

――日本では野球やサッカーに比べると、格闘技を見る人はまだまだ多くありません。ビジネス的に未成熟な部分があるように思いますが、ONEとしては日本市場では格闘技ビジネスが今後伸びる余地はあるとお考えですか。

 調査会社ニールセンはグローバルスポーツプロパティー(財産)のTOP10を発表しました。その結果、2021年のテレビ放送のリーチ(到達率)で、ONEは4位(東京2020オリンピックが1位)に、各種SNSからのビデオ視聴数(純粋な再生回数)ではNBAに次ぐ2位となっています。

2021年のテレビ放送のリーチ
各種SNSからのビデオ視聴数

 ただ日本ではまだ知名度が高くありません。そこで電通とパートナーシップを組むなどして日本でのONEの存在感を高め、もっと盛り上げたいと考えています。

 日本には大きなビジネスチャンスがあります。なぜなら日本は武道の国だからです。空手、剣道、柔道、合気道を子どものころからやっている人も少なくありません。だから格闘技を受け入れる素地があると考えています。

 他の国では「格闘技=ケンカ」だと思う人もいるでしょう。一方、日本には武道の文化があります。確かに、この2年半はコロナ禍でしたから、とても難しいビジネス環境でした。しかし今後の日本市場の将来は明るいと見ています。

日本選手は世界トップではない

――日本市場に可能性があると考えているのですね。ただ日本では格闘技はメジャースポーツとは言えません。ここには、どんな問題があると見ていますか。

 問題は格闘技をしている日本選手のレベルが世界の水準に達していない点にあると考えています。他のスポーツを見てみます。なぜイチローや大谷翔平、大坂なおみは世界で成功できているのでしょう? それは世界で最高の実力があるからです。だから日本の人々が応援するのです。つまり世界最高の実力があるから成功しているのです。

 でも今の日本の格闘技選手は世界でトップの実力を持っているとはいえません。だから国として応援する風潮にならないのです。

 例えば、ONEでは8月、米国人のデメトリアス・ジョンソン選手がチャンピオンになり、中国人のタン・カイ選手がチャンピオンになりました。するとそれぞれ米国のTwitter、中国のウェイボーなどのSNSで、トレンド入りを果たしました。一方、日本人はONEで優勝している選手はいるものの、こういった事例は多くありません。これが課題だと思います。

――なぜ日本で格闘技が盛り上がらないのか。私はその理由は選手が稼げない状況にあると考えています。

 日本の格闘技団体はグローバルの団体と比べて資金力がないと思います。だから十分なファイトマネーを選手に支払えず、きちんとしたマネジメントができないのです。

 多くの日本人選手が副業として格闘技をしています。一方、海外では選手が格闘技に集中できている国もあります。もしONEがもっと日本市場に関与できれば、選手はそのメリットを理解するのではないでしょうか。

 選手が、副業ではなく100%格闘技に打ち込めるのです。なぜならONEのファイトマネーは世界でもトップレベルに高いからです。副業で格闘技をやっている限り、世界最高水準に達する選手になるのは難しいでしょう。

――その潤沢なファイトマネーを支えるONEの資金源は? どうやって資金調達をしたのですか?

 幸運なことに世界有数のファンドから約702億円(500ミリオンドル)を調達してきました。シリコンバレーのセコイア・キャピタル、シンガポール政府のファンドであるテマセク・ホールディングスなどからです。セコイア・キャピタルはアップルやグーグル、オラクル、ヤフーなど大手企業に投資しているファンドです。

――チャトリCEOは、どうやってそのビジネスモデルを築き上げたのですか?

 私は幸運でした。ハーバードビジネススクールでMBAを取得したので、世界の敏腕経営者に多くのコネクションがありました。だから資金調達しやすかったのです。加えて豊富なビジネス経験を持っています。一方で、私自身が格闘技をしています。ムエタイは38年間、柔術は12年間も続けていて今も毎日練習をしています。

 ハーバード時代から培ってきたビジネススキルと、格闘技の素養。両方の経験を有しているので、これだけの資金調達ができたのです。

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