クルマはどう進化する? 新車から読み解く業界動向

なぜ東京オートサロンで「AE86」が登場したのか 忘れてはいけない“大事な議論”池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/5 ページ)

» 2023年01月16日 08時06分 公開
[池田直渡ITmedia]
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豊田社長が訴えたかったこと

 実際のところ、水素タンクにスペースを大きく侵食されるので、乗用車のコンバージョンはまだまだ難しいと思うが、歴代トヨタ車の中で時代を越えて愛されるAE86が水素コンバージョン可能という話は、「古いクルマでもカーボンニュートラル化できる」というイメージ作りにぴったりで、なおかつオートサロンというイベントにも整合性が高い。

 馬鹿正直に古いトラックを持ち込んで発表しても、話題にならないのは明白だ。だからこそAE86をベースにすべきなのだ。もちろん水素エンジンコンバージョンの本筋は明らかにトラックで、もっと言えばより耐用年数が長い大型車両のほうがマッチングが良い。なにしろ車両入れ替えのコストも高いので、コンバージョンで延命できるのであれば、多少のコストを吸収できるからだ。

 技術的に言えば、直噴ディーゼルユニットは、その多くが過給エンジンである。水素エンジンのポイントはこの直噴と過給にあるので、大型のディーゼルトラックは水素コンバージョンへの適性が高いのだ。

 豊田社長の言う、古いクルマを大切に乗る人たちを救うのは、むしろ水素エンジンよりはe-fuel(合成燃料)の役割だと筆者は思っている。あのポルシェも、歴代911のオーナー向けにe-fuelの開発を進めている。e-fuelは、例えば国内で言えばJISが規定する燃料の規格としてはガソリン(または軽油)なので、クルマをほぼ無改造のまま運用できる(厳密に言えばアルコール分が加わるので腐食対策として配管などの一部を交換する必要がある)。e-fuelは、水素をさらに加工して作るため、価格はおそらく高いが、趣味で乗る旧いクルマは大抵年間で1000キロくらいしか走らないので、影響は少ない。

 という具合に細かく言えばかなり複雑なので、ここはあまり厳密な話をせずに、カーボンニュートラルを本気で目指すならば、全体として保有のクルマに何らかの手立てが必要だし、そうすることで、誰1人置き去りにしないカーボンニュートラルが可能になるということを豊田社長は訴えたかったのだろう。

豊田社長が語ったのは、誰1人置き去りにしないカーボンニュートラル

 空理空論より、いまできること。それを確実にやっていくことこそが未来を現実化することだ。オートサロンの場で明らかになったのは、保有車両のカーボンニュートラル化を語らずに50年のカーボンニュートラルは実現できないという、これまで注目されてこなかった現実である。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。


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