なぜ、新卒の応募者数が数倍に? 熱海の老舗旅館が本気で取り組んだDXの全貌業務改善(3/6 ページ)

» 2023年06月20日 05時00分 公開
[三ツ井創太郎ITmedia]

紙媒体の広告や電話予約を廃止

 内田社長がまず着手をしたのが広告戦略の見直しです。

 「旅行情報誌などのアナログ媒体を全て廃止しました。今までアナログ媒体からの集客は一定の効果があったので、一気に切り替えることのリスクも考えました。しかし、マーケティングDXの未来を見据え、決断しました。Web広告の運用も広告代理店などに丸投げするのではなく、自社内で広告運用チームを編成し、お客さまのWebサイトの回遊状況や、毎月の広告効果のKPI分析を行いながら“見やすさ”と“費用対効果の最大化”を目指していきました。こうした取り組みの甲斐あってか、数年前からはポータルサイト経由より、自社Webサイト経由のご予約数が2倍以上も多い状況になっています」

 さらに、旅館業界全体で年間2000億円もの損害が発生しているといわれている「無連絡キャンセル(いわゆるノーショー問題)」にも内田社長は取り組みました。古屋旅館でもノーショー問題が大きな課題となっていたため、個人のお客さまの電話での予約を思い切って全て廃止。事前クレジットカード決済のネット予約に切り替えDX化を推進しました。これによりノーショーはほぼ無くなったそうです。

 マーケティング面でのDXで大きな成果を上げている古屋旅館。さらに内田社長は、人材や業務効率といったオペレーション面に関してもさまざまな経営改革をしていきます。

理念経営から生まれた新たな人材戦略

 先にも述べたように旅館・ホテル業界は慢性的な人材不足が大きな経営課題となっています。こうした人材不足に対応するべく、内田社長は経営理念の見直しから行いました。

経営理念:お客様と社員の幸せを第一に考える。

古屋旅館は「すべてのお客様が、笑顔になれる旅館」を目指します。その実現のために、「すべての社員が、笑顔になれる旅館」になれるように、働きやすく働き甲斐のある環境作り/創りを行います。

 このように経営理念の中に「社員の幸せ」を掲げ、それを実際に実現するべくさまざまな施策を実行していきます。

 「私の中で経営理念の中に“社員の幸せ”という言葉を入れたことは、ある意味経営者としての決意でもありました。表向きでいくらすばらしいことを言っても、働きやすく働き甲斐のある会社でなくては、社員の皆さんはついてきてはくれません。そのため理念を軸とした経営に本気で取り組んでいきました」

 そこでまず着手したのが女子寮の新設です。スタッフに気持ちよく働いてもらうためには住む環境はとても大切だと考えました。そこで、ビーチまで徒歩1分、コンビニまで徒歩1分、古屋旅館まで徒歩1分という最高の土地を取得。“ここに住みたいから、古屋旅館に就職したい!”と思ってもらえるよう、蔵をコンセプトにしたオシャレなデザイナーズ女子寮を新築で建設しました。

 さらに、新卒採用の初任給に関しても旅館業界では22万円程度が一般水準ですが、古屋旅館では26万円にまで引き上げました。新卒応募の検討者に対して、実際の旅館での仕事内容が分かるよう採用ムービーも製作。“旅館で働く不安”を払しょくすることに全力で取り組みました。

 また、入社後の教育に関しても、100種類以上あった膨大な紙のマニュアルをスマートフォンで確認できる計10時間の動画マニュアルに集約しました。

 こうした取り組みの結果、日本全国から新卒応募が入るようになり、応募者数も以前の数倍になったということです。

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