リテール大革命

パン店の試食客が2倍に ユニークな「仕掛け」が小売DXに必要なワケ「小売DXと仕掛学」前編(1/3 ページ)

» 2023年09月01日 07時00分 公開
[濱川太一ITmedia]

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 映画「ローマの休日」に出てくる有名な彫刻「真実の口」。これを模した彫刻に手を入れると、シュッと消毒液が噴射される。来院者に手指の消毒を促す仕掛けとして病院に設置すると、消毒をしてくれる人が大幅に増えた――。

 人の好奇心をくすぐる工夫で行動変容を促す「仕掛け」が注目を集めている。そんな仕掛けを、ビジネスに応用することはできるのだろうか。例えば、小売業と仕掛けを組み合わせると、どんな化学反応が起きるのだろうか。人々の購買行動に変化は起きるのか。

 「仕掛学」の第一人者、大阪大学大学院経済学研究科の松村真宏教授と、ITmedia ビジネスオンラインで連載「がっかりしないDX 小売業の新時代」を執筆している郡司昇氏が、仕掛けが小売業にもたらす可能性について意見を交わした。前編・後編の2回に分けて紹介する。

※本記事は7月に開催された「Firework Japan FES 2023」で「仕掛学で生み出すテクノロジーと人間の相互補強」をテーマに松村氏と郡司氏が行った対談をもとに構成しています。

「真実の口」を模した彫刻。口の中に手を入れると消毒液が噴射される仕掛けだ(提供:松村真宏教授)

ゴミ箱にゴールネットを設置すると……

郡司: きょうイベント会場に来るまでの道中に、風鈴が並んでいるのを見かけた方はどれくらいいますか? 涼やかな音が鳴っていましたね。風って目に見えないじゃないですか。でも、風鈴の音が鳴ると「あ、風が吹いているんだな」と分かって涼しく感じる。松村先生が取り組む「仕掛学」も、そういうことに近いのかなと思います。

松村: はい。すごくいい着眼点で、実際に数年前、店内を換気しているかどうかがお客さんには分からないので、換気している様子を見えるようにしたい、という依頼がありました。そのときに風の流れによって風鈴が鳴るといった仕掛けを作ったことがあります。

 これまで取り組んできた仕掛けの事例を簡単に紹介したいと思います。これは、ゴミ箱にバスケットボールのゴールネットを仕掛けたものです。人はバスケットボールを見たらシュートしたくなるだろうと取り付けました。

バスケットボールのゴールネットを仕掛けたゴミ箱(提供:松村真宏教授)

 このアイデア自体は何十年も前からあるため新規性はないのですが、検証した結果がなく、本当に効果があるのか分かっていませんでした。

 実験したところ、バスケットボールがついたゴミ箱のほうが、ついていないゴミ箱よりも利用人数が1.6倍も多かったんです。この差は偶然には出ない差なので、これはバスケットボールが間違いなく誘引したものだと分かりました。

パン店で試食する客を増やした仕掛け

松村: 次の画像は、パン屋さんで行った実験のものです。パン屋さんではよく試食がありますが、意外と試食されないんですね。実験したパン屋さんの場合、来店者のうちの11%しか試食しないという問題がありました。

パン店で試食してくれる客を増やすために「人気投票」という仕掛けを考案した(提供:松村真宏教授)

 なぜかと考えると理由はシンプルで、人は物をもらうとお礼をしたくなる「返報性の原理」があると言われています。この場合もパンをもらうとお礼をしたくなるのですが、お礼の手段がパンを買うしかないのが、試食が進まない理由なのかなと思いました。

 試食したいけどパンを買うのはちょっと……という人が多く、そういう人が抵抗を感じて試食できなかったのかなと思いました。そこで、パンを買う以外の選択肢でお礼ができればいいと思い、パンの試食に使ったつまようじで、おいしかったほうに投票してもらう仕掛けを考えました。

 2週間検証した結果、来店した人のうち20%が試食してくれるようになりました。ちょっとした工夫ですが、試食するお客さんが当初の倍近くに増えました。

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