マーケティング・シンカ論

“実写にしか見えない”伊藤園「AIタレント」の衝撃 なぜ注目されたのか廣瀬涼「エンタメビジネス研究所」(1/3 ページ)

» 2023年10月29日 09時00分 公開
[廣瀬涼ITmedia]

 このほど、ある新商品のCMが話題を呼んだ。伊藤園が公開した、新商品「お〜いお茶 カテキン緑茶」のCMだ。CMの舞台は近未来的な世界。カテキン緑茶を持った年配の女性が向かってくる。画面にカテキン緑茶を近づけるとシーンは現代に移り変わり、“今の姿の女性”がお茶を飲むシーンで幕を閉じる、といった内容だ。

photo 伊藤園のCMに登場するAIタレント=作成したAI model社のニュースリリースより

 筆者はニュースを見るまで、気付きもしなかったのだが、この女性はAIで生成されたキャラクターだった。このCMは「未来を意識して“今”飲んでもらうために」がコンセプトになっている。このような未来の姿になるために今飲みましょう、という時間の流れを伝えようとしている。

 従来のCMでは、高齢のタレントを特殊メークやCGで若返らせる、もしくは若いタレントに同じような技法を使って年を取らせるという手段がとられてきた。例えば2021年、日本マクドナルドが50周年記念に放映したテレビCMでは、女優の宮崎美子さんが「50年前のマクドナルドでデートする少女」と「孫と一緒に家族でマクドナルドを楽しむ現在の女性」の二役を演じている。逆に11年には福山雅治さんがダンロップのCMで、自身が扮する高祖父に会うといった内容のものがあった。

 一方、同じ特定保健用食品の「特茶」を販売するサントリー食品インターナショナルは、特定の年齢ではなく幅広い層で消費してもらうというメッセージを発信するために、1人のタレントではなく、複数人を起用。イメージキャラクターとして本木雅弘さん、高橋克実さん、梶原善さん、玉山鉄二さん、伊藤沙莉さんが登場していた。

 なぜ、伊藤園は従来の手法ではなくAIタレントを起用したのだろうか。担当者のインタビュー記事によれば、「『未来の自分が現在の自分にお茶を手渡しする』というCMの演出上、実在のタレントの方の顔を、加工して老けさせるという演出では共感を得られない。AIを使うことが望ましい」という意向でAIの起用が決まったようだ。

photo 伊藤園のCMでは、年配の女性もAIで生成=伊藤園の動画より

「ハロー効果」ではなく話題性

 皆さんは普段、新商品をどんなきっかけで知るだろうか。mitoriz(東京都港区)が実施した「消費者の購買意識調査(21年)」によると、56.5%が「テレビCM」と回答している。企業はまだイメージや先入観が持たれていない新商品に対し、消費者に抱いてもらいたいイメージを構築するために、CMを通してメッセージを発信するのだ。

 例えば、爽快感が売りの飲料製品ならば、爽やかな俳優や女優を起用するし、ファミリー向けの車ならば一般家庭をイメージさせるキャスティングを行う。実際にその商品自体のことは分からなくとも、その商品にポジティブな印象を与える有名人がキャスティングされると、購買意欲をかき立てられるわけだ。言い換えればタレントが持つ個性やイメージが先行して、商品・サービスがよく見える。これを「ハロー効果」という。

 既存のタレントを起用すれば「ハロー効果」を狙えるが、伊藤園のようなAIタレントの場合は、無名の新人タレントを起用しているのと同じ状態だ。タレントそのものに抱かれているイメージが新商品にも好影響をもたらすというアドバンデージはない。ただ一般人やエキストラといったネームバリューのない人物をキャスティングするCMも存在する。あくまでもCMのストーリーを重視しているといえるだろう。

 一方、明らかに素人ではなさそうな、このAIタレントに対して「この人は誰だ?」と思った視聴者も少なくないはずだ。そこで調べてみると、AIが生成したタレントだと分かる。AIタレントを起用したこと自体が話題を呼び、結果的に商品そのものの認知、AIタレントの存在も周知されることになった。

不気味の谷が生む違和感

 この記事を書きながら、筆者はあるCMを思い出した。江口愛実さんを起用した「アイスの実」のCMである。江口愛実さんと聞いてピンとくる読者は多くはないかもしれない。彼女もまた架空のCGタレントだった。時は2011年、AKB48が大ブームだったあの頃。「彼女こそ究極」と秋元康プロデューサーに言わしめた“ニューヒロイン”がAKB48に誕生した。

 江口さんは『週刊プレイボーイ』誌で、いきなりの表紙&巻頭グラビアデビューすると、「アイスの実」の新CMに起用され、主力メンバー6人(板野、大島、篠田、高橋、前田、渡辺)との共演にもかかわらず、センターポジションを獲得するなど、注目を集めた。

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